95:怒濤の急展開
この時期、将軍家の姫君についての記録はほとんど残されていない。
彼女が本当に病に苦しんでいたのか、またその転帰(訳者注:治ったかどうか)についても公式記録には記述が無く、その解釈は研究者によって意見が分かれている。
確実な記録として残るところでは、紆余曲折があって姫君は勇者に輿入れする(訳者注:嫁に行く)理由が無くなってしまった。結婚式は魔族の活動が活発化したことにより延期され、そのままうやむやになって立ち消えた。
最終的に彼女はひそかに想い合っていた幼なじみの若い騎士と結ばれ、3児の母となっている。
その騎士は結婚初夜を前にして、王家閨房術に耐えうる精神力と、いろいろな意味で強靱な体力を獲得するため地獄すらも生ぬるく思える特殊な訓練に挑む運命が待っているのだが、その物語についてここで語る余裕は無い。
そして山田達もまた、そのような未来のことをこの時点では知る由も無かった。
そしてこの異空間での面談のあと、山田達の行動記録は4日間に渡って途切れている。
5日後になって、さまざまな姿をした異形の忍者集団が意識を失っている錬金術師と山田を錬金術師の部屋へと運び込んできた。
留守番をしていた召喚士は、
「おお、ご苦労。話は聞いておる。そこらに布団を敷いて寝かせておけ」
と言って忍者達に山田達の世話と自分のおやつの買い出しを命じた。
山田達の意識が戻った時、彼らは4日分の記憶が完全に欠落しており、どこで何をしていたのかまったく覚えていなかった。異空間での出来事に関しては後年に収納袋の底から隠し記録が発見され、その時の状況が判明したが、拘置所を出てからの記憶は山田達には残っていない。
忍者達は聖教会審問部が発行した公式文書も部屋に届けていたが、そこには
「宮廷錬金術師ファナ・コサン、およびその従者ヤマダの拘置を解く。
新たな沙汰(訳者注:処分方針)が下るまで両名は自室にて蟄居(訳者注:謹慎)し、当審問会の指示を待て(審問長花押)」
と書いてあった。
山田達は自分達が記憶を失っている間に何があったのかと困惑し、召喚士に事情をたずねた。しかし彼女は、
「いや全然わかはん。いっはい何があったんひゃろうのう、むぐむぐ」
と棒読み発言をしながらゼリーフライを食べつつ首をかしげていた。
ちなみにゼリーフライとは、初代勇者がこの世界に伝えた彼の出身地の郷土料理である。
その後山田は、やむなく部屋にこもったまま処分が決定するまでの間、落ち着かない日々を過ごす事になった。
その間は召喚士に朝食を用意したり、昼食を用意したり、手作りおやつを用意したり、夕食を用意したり、晩酌とおつまみを用意したり、夜食を用意したり、さまざまな飲み物を用意したりしながら一日を送った。
買い出しに行けぬため自分の分の食事を用意してもらえない錬金術師をなだめつつ、山田自身の食事は野菜の皮や魚の骨を錬成素材に用いて錬金術師が創った、栄養豊富な食べ物で済ませていたという。
そして10日ほどが過ぎ、ようやく審問会から通知が届いた。それは
「宣告済みの刑罰についてはすべて白紙撤回とし、処罰履歴からも削除する。
従者ヤマダの黒魔術使用嫌疑についてはその実態が確認できなかったためお構い無し(訳者注:無罪放免)とする。錬金術師ファナ・コサンは従来通りのお役目に復帰せよ」
というものであった。
山田達は思いもよらぬ全面勝訴の知らせに安堵したが、その直後に彼ら宛てに、今度は王府から厳重に封印された書状が運輸ギルドの飛脚によって届けられた。
使い魔による知らせではなく内容証明付きの実体書状だなんて、いったい何だろう? と錬金術師は不安に思いつつ生体個人認証で術式開封し、それを開いた。そして目を通してそのまま絶句した。
錬金術師の様子がおかしい事に気付いて、山田も後ろから書状を覗きこんで完全に固まった。
そこにはこう書いてあった。
「王府御用の責務を果たした功により、宮廷錬金術師ファナ・コサンの俸禄を200石加増し、年俸400石とする。
またその従者たる転生者ヤマダを当代勇者様の直参に取り立てる。
さらに準男爵の地位と知行地を与え、貴族社会への参入を認める」




