93:異空間の旗本三男坊
気がつくと三人は、何も無い真っ白な空間にいた。
実写映像ならば白背景合成で、異世界絵物語であれば手抜きに思われないよう背景に怪しい文様表現が一面に貼られているような、正体不明の異空間である。
「あちらのほうで、お二方をお招きになられたお方がお待ちでござる」
怪生物が鋏で一方向を指し示す。
錬金術師と山田は顔を見合わせてうなずきあった後、そちらのほうに向って歩き出した。怪生物は右の鋏を持ち上げるとその内側を二人のほうに向け、先端を少し開いてから消えていった。
ちなみに今のは、彼の故郷において相手の長寿と繁栄を祈る仕草である。
二人が少し進むと、白い空間の中に小さな座敷が見えてきた。
その中から一人の男が二人を招く仕草をしている。
地球人で言えば30代後半というところか。黒目黒髪、日本人俳優の松○健の若い頃に似た渋いおっさんである。
「おお、お前達よく来てくれた。まあ座れ。固くならんでいい、ここには人目も無い。楽にしてくれ」
そう言って座布団をさし示す。
錬金術師と山田は、とまどいながらも座布団に座って平伏し臣下の礼をとった。
目の前にいるのが誰なのかまったく判らないが、もしかしたらこの後「わたしゃ神様だよ」などと言い始める可能性も無いとは言えない。
いずれにしても、なんとなく偉そうな雰囲気の人なので相手を立てておいたほうが安全であろうという判断である。
「ああ、いいから顔を上げろ。お前達を呼んだのはこの俺、貧乏旗本の三男坊で名をトクーダ・シンノスケンという者だ。シンさんと呼んでくれ」
(は、はたもと、って何ですかお嬢)
(説明してる暇は無いからあとで調べて。私よりも偉い身分の人よ)
旗本にトクーダなどという名前の者がいただろうか、貧乏旗本にしては妙に身なりが良いようだが、などと訝しく思いつつも錬金術師は顔を上げて男に話しかけた。
「トクーダ様」
「シンさんだ」
「……シン様、私共をお呼びになられました理由をお聞かせいただけますでしょうか」
男は、うむ、とうなずいて手に持っていた折りたたみ式の扇をぱちんと閉じる。
「お前達のことは以前より、さるやんごとなき御方(訳者注:すっげー偉い人)から話を聞いていた」
「なんと……私共の事をご存知であらせられた、と?」
「うむ、初代勇者様と同郷の転生者と、その主人。そのような話を知らぬとあれば情報弱者の誹りを免れまい。
今回の件では上様が処刑を取りやめにさせるご意向だったのだが、無罪放免にする手立てが見つからず困っていた」
「上様、と申されますと、将軍様の事でございますか」
驚いて問いかける錬金術師に、男は肯定の仕草をする。
「だが錬金術師殿、お前自身で証拠を探し出して審問会に乗り込むとはまことに痛快だ。これで聖教会の坊主共に鼻を明ける術式がかけられる。あの女騎士殿も罪には問わず団長職に復帰してもらう。安心するがいい」
錬金術師は内心で、なんでこの人そんな話を知っているの? と思ったが口には出さない。偽証検出の指輪がこの空間では無効化されているらしく話の真偽は不明だが、どうやら山田の命の危険は去ったらしい。
「ああ、本題がまだであった。暗殺刀直入に説明しよう。じつは、わが……ごほん、いや将軍家のご息女、当年15歳になるサクラ姫様の身にゆゆしき事態がおこった」
「サクラ姫様……たしか当代の勇者様に、来年お輿入れされる(訳者注:嫁に行く)ご予定の」
錬金術師にとっては、青い魔法花事件(訳者注:第38部分=37話以降)の発端になったとも言える人物である。
「そうだ。その姫がナーロッパ大陸に留学中、とある事件に巻き込まれた」
「とある事件」
「詳しくは言えぬが、その際に……嫁に行けぬ体となってしまったのだ」
「よ、嫁に行けぬ、と言うとまさか、誰かに傷物に」
山田が思わず配慮に欠けた言葉をもらし、錬金術師があわてて注意する。
「それならば治癒呪文で元通りに再生できるのだが、残念ながらそういう話ではない」
「再生できるんだ」
あまり深く追求してはいけない。
「どうやらその時、姫は不治の病を伝染されてしまったようなのだ。だが発見が遅れたため、今ではもう治しようがない状態にまで進行している」
「と、と申されますと、まさかまた人面瘡」
「いや、人面瘡ではない。その病とは」
男は悲痛な面持ちになって言葉を続けた。
「テングス病だ」




