91:拘置場の怪生物
「……あー、待遇悪いわねー。ヤマダ、生きてる?」
「はい、問題ございません。『麻痺』や『沈黙』ももう効果が切れました。壁越しなのでお嬢のお顔が拝見できませんが、大丈夫ですか?」
「乱暴はされていないから心配いらないけど、手錠をされたまま拘置場にずっと入れられているのは気分悪いわね。壁が薄くてヤマダと会話できるのは嬉しいけど」
「このまま終身刑とか」
「まあ、ずっと帰れなかったら召喚士様に……最後の手段をとってもらうようお願いしてあるから」
「最後の、って何ですか」
「それは秘密。もしそうなったら大変なんだけどね」
錬金術師はくすくすと笑う。何か吹っ切れた表情である。
隣り合った個人拘置室に入れられた錬金術師と山田は、再度の判決が言い渡されるまで牢屋暮らしである。
近代的で清潔な部屋なので健康面に関しては心配ないが、娯楽が無く魔法も使えないので生活としてはかなり厳しい。特に衣服の浄化や排泄物の錬成処理が自分でできないのは女性にとって精神的に過酷である。
「これで聖教会がどう動くか……ヤマダを無罪にしたら審問部のほうが間違っていた事になるだろうし、追放刑ぐらいに減刑されれば上出来かな」
「お嬢は?」
「……何度も問題をおこしてるからなー。このまま解雇かもしれない」
言葉の内容とはうらはらに、錬金術師の表情は明るい。
「……自分のせいですね」
山田の表情は思いっきり暗い。責任をとって腹でも切りそうな様子である。
「ヤマダが悪いんじゃないわ。まあ私が職を失ったら、ヤマダに責任とらせて一生面倒見てもらうから」
「い、一生、じ、自分がお嬢の?」
「あら、嫌なの?」
「いいい、いやその、嫌なんてとんでも、えーとほら、どちらかと言うと自分がお嬢に面倒見てもらうほうの立場で」
どぎまぎする山田の言葉を聞いて、錬金術師はまたくすくす笑う。
「えーと、その、お嬢、自分は……」
「あー、お話中に申し訳ござらぬ。お晩でござる」
唐突に個室の扉の外から誰かの声が聞こえ、山田の言葉は途中で遮られた。
山田は突然誰かに話しかけられた事に驚いて、そのまましばらく固まった。
誰かが近づいてくる足音はまったく聞こえなかった。今も外に人がいる気配は何一つ感じられない。
(……あれ、夕食ならさっき配膳されたけど)
山田は扉の覗き窓から、通路の様子をうかがった。
そして反対側から窓を覗き込んでいた、地球の蝉のような顔をした生命体と目が合った。
うぎゃああ、と悲鳴をあげるよりも早く、山田は謎の光をあびて体の自由が奪われ倒れた。全身が硬直して身動きがとれない。
部屋の扉の封印術式が解除され、足音もなく誰かが部屋に入ってきた。
そして山田の隣にしゃがみこんだ。
侵入者の手足は2本ずつ。迷彩柄の忍者装束を身につけて直立歩行しているが、その顔は昆虫にしか見えぬ異形の者である。両手は巨大な鋏になっており、どう見てもヒトではない。この世界では誰も見たことが無さそうな怪生物である。
「ご心配めさるな。それがしは怪しい者ではござらん」
そう言うとその生命体は両手、いや両鋏を胸のあたりに持ち上げて、ふぉふぉふぉふぉふぉふぉ、と おそらくは笑い声と思われる音声を発しながら体を上下にゆすり、顔の左右についている複眼をぐりぐりと動かしながら光らせた。
「さるお方の使いにて、山田殿をお迎えに参った者でござる。手錠を今おはずしいたしまする」
解錠の術式が付与されて、山田の手錠がごとん、と床に落ちる。
「お体の拘束を緩めまするが、大きな声はお出しにならぬように」
その言葉と同時に山田は動けるようになった。
「……ど、どなたですか? 召喚士様の使役魔獣の方?」
「いや、そうではござらん」
隣の部屋から壁が叩かれ、ヤマダ、何があったの! という声が聞こえる。
「うむ、先に錬金術師殿もお出しいたしましょう……それがしの顔を見て悲鳴をあげられると困りますゆえ、山田殿がこちらの部屋にお連れくだされ。ああ、看守達は全員硬直させておりますゆえ心配はござらん」
そう言って怪生物は解錠の魔道具を山田に手渡す。
「お二人だけで逃げても意味はござらぬゆえ、まずはそれがしの話をお聞きいただきたい」
山田は困惑しつつも、通路に出て隣室の扉をあける。
「ヤマダ!! ……何で外にいるの!?」
赤と白の縦縞の囚人服を着せられている錬金術師は、部屋の扉をあけて入ってきた山田に驚愕する。
「……えーとですね、牢屋から出してくださった方がいまして」
山田は錬金術師の手錠をはずしながら答える。
「誰!?」
「いやその、話があるとおっしゃって今隣の牢屋にいらっしゃるんですけど、人間じゃなくて蟲みたいな顔をした」
「魔族? まさか魔王配下の新たな7本腕が」
「ヘッドハンティングにでも来たんでしょうか?」
錬金術師と山田は顔を見合わせたあと、恐る恐る隣の部屋へと戻った。




