88:呪殺の標的
「ハアッハアァァーー!!!
かぁぁんぜぇぇーーん! ふっかあああああっつっ!!!」
安らかな睡眠をとって体力も魔力も完全復活した女騎士は、ふんっ! と鼻息を立ててミスリルの長剣を びしり! と天にかかげた。
その表情は明るく美しく、銀色のふわふわした髪が風になびいて、お肌はツヤッツヤに輝いている。
女騎士の奥義『天翔龍鼓動』によって、みじん斬りにされた庭石が砂利のようになって、花壇の中に散らばっている。
その横で養生所の看護師長が激怒し、ショタ姿の中隊長が平謝りに謝っている。
「お体中に腫瘍組織が散らばっていたので、それを死滅させる時にかなりご負担をかけてしまいました。
5年ほどは再発しないかどうか経過観察が必要だと思いますが、見た感じではだいぶお元気になられたようですね」
「うむ、健康というものがこれほど素晴らしいとは! 錬金術師殿にはどれほど礼を申し上げても申し足りませぬ!
……しかし、神級療術士ですら治せなかった病を、いったいどのようにして」
女騎士は不思議そうな顔で錬金術師にたずねる。
「分子標的呪術と申しまして、特定の遺伝子配列を持つ細胞だけを死滅させる……詳しい内容は秘密ですが、今までに無かった新しい魔法です。お体のすべてが異常細胞というわけではありませんでしたので、異常細胞のみを選択的に排除しつつ正常組織を治癒呪文で増殖再生しました。
その術式を考え出したのはヤマダ……私の従者です」
「なんと! 従者殿がお考えになられたのか!」
女騎士の言葉に対し、山田は手を振って否定する。
「い、いえ自分はちょっと思いついたアイデアを言ってみただけで、実際に術式をいじって……魔道具をピンポイント攻撃アイテムに魔改造したのは錬金術師様ですから」
女騎士はひざまづいて騎士礼をとり、山田の手を握った。
「執事殿、あなたは2度もわたしの命を救ってくださった。地獄から助け出していただいた御恩を一生かけてもお返しせねばなりません。わたしにできる事であれば執事殿のためにこの身命を賭しましょう。
まずは今宵にも、守り続けたわが純潔をあなたに捧げる事で感謝の気持ちを」
「ややややや、そういう問題のあるお礼は勘弁してください! ほら、弟さんが激しい殺意を込めてこちらを見ていますっ!!
お嬢も白い目で見ていないで、この人に何か言ってくださいっ!!」
その日、明るい騒動が養生所の一角でくりひろげられ、女騎士はとても嬉しそうに笑っていた。
だが、その騒ぎに冷たい視線を向けている一団がいることを、社会適応力に難のある錬金術師と山田はまったく気がついていなかった。
「聖教会の管理下にある王立養生所内で、療術士免許を持たない部外者が入院患者の治療を行った」
その情報はただちに聖教会審問会へと報告された。
山田が無免許療術を行った罪により捕縛をうけ、投獄されたのは王国歴で享保15年、庚三首戌の年、水無月の双朔日の事であった。




