87:異世界呪術・丑の刻参り
数日後の夕方、女騎士の病室に訪問者の姿があった。
錬金術師と、騎士の弟の中隊長である。
「明日の未明、騎士様をお楽にする方法を試みたいと思います」
錬金術師はそう切り出した。
「未明? なぜ真夜中に?」
怪訝な口調で女騎士は問いかける。本日分の治療を済ませた直後なので体力を消耗しており、ぐったりとした様子である。
「真夜中でなければできない特別な魔法を使います。私もヒトに対しては初めて使用する術式ですので、どのような結果になるかはまだ判りません。
私がこのまま今晩こちらに待機して、もし苦痛があるような場合はそれに対処します。途中でお嫌になった時にはすぐ中止いたしますので、騎士様は……」
錬金術師の言葉をさえぎり、女騎士は否定の仕草をする。
「錬金術師殿、もしわたしが苦しがっても中止はしないでくれ。わたしはもう疲れてしまったのだ……タンクタン、お前にもずいぶん迷惑をかけてしまった。ふがいない姉を許してくれ」
「姉上!」
中隊長は女騎士の手を取って涙を流す。
「騎士様、まだお時間があります。私は準備をしてきますので、しばらくご姉弟でお過ごしください」
そう言って錬金術師はそっと病室を離れた。
養生所の庭に出て、沈む夕日を見ながら錬金術師はつぶやいた。
「……今日は対魔獣用の第一級戦闘装備だし、強化魔法もかけまくってあるから、よほどの事がなければ大丈夫だと思うけど……ヤマダの事だからなー。
途中で体力が尽きたりしなければいいのだけれど」
だが結果から言えばその夜は魔族が現れることもなく、山田の呪術は予定通りに実行されるに至った。その後に山田は精魂尽き果てて倒れているが、それは錬金術師の研究室に戻ってからの事であり、その時には藁人形による呪殺はすでに果たされていた。
時間を戻して話を進めていく。
「うぅ、体が熱い、痛い、いたい」
予定の時刻になると突如として女騎士は苦しみはじめ、体に痙攣が始まった。
中隊長は驚きとまどい、救いを求めるように錬金術師のほうを見る。
すぐさま錬金術師が鎮静と鎮痛の術式を付与する。
(予定通りね。ヤマダが藁人形に呪いをかけはじめたみたい)
錬金術師は解析魔法を展開し、女騎士の状態を詳細に記録しつづける。
(体温、血圧、心拍数、呼吸数、動脈血酸素飽和度、二酸化炭素分圧、血中物質変動……組織崩壊が進んで逸脱酵素の値が急激に上昇している。駄目ね、このままでは)
すぐさま対応する応急術式を組みあげて女騎士に付与する。
騎士は大きく息をついて、体の力が抜ける。
「姉上、大丈夫ですか! お苦しいのですかっ!」
中隊長が、寝床に横たわってはあはあと荒い息をし、脂汗を流している女騎士の手を握って必死で声をかける。
「……いや、もう……苦しくは、ない……痛みも感じなく、なって、きた……」
錬金術師は女騎士の状態を確認しながら、次々に生体操作の術式を付与してさらに苦しみを緩和する処置を施す。
「……ああ、こんなに、楽な気分になれたのは、ひさしぶり、だ……これならもう……ゆっくり休め、そう……だ……錬金術師、殿……本当に……あり、が……」
そう言って――女騎士は一度だけ深く呼吸したあと、そのまま眠りについた。
その顔は、とても安らかで幸せそうだった。
―― そして 夜が 明けた。




