86:病気の正体
「うぎゃああああ、お嬢、何ですかこれ。お化けの液浸標本!?」
「騎士様から切除した病変部の組織標本よ。もう死んでいるから心配ない」
「グロい。うわこっちに見せないで。コメディだと思ってたらいきなりホラーな展開って心臓に悪い」
研究室に戻った錬金術師は、女騎士から採取した組織標本の解析と調査を進めていた。
「あった、これだ……人頭癌種病。古い文献に載っているけれど、架空の病気だとばかり思ってた」
「じ、じんとう? 何ですかそれ」
錬金術師は検索して見つけた古文書の画像から顔をあげて、山田に説明した。
「俗に『人面瘡』とか『人面疽』とか呼ばれている病気。体のあちこちに人の顔をした腫瘍ができてきて、切り取っても切り取ってもまた生えてくる奇病」
「うわあああ、やめてぇぇ、そんなものに罹ったら死んだほうがましですうぅぅ!!!」
「……確かにそうかもしれない」
錬金術師は暗い表情になる。
「この腫瘍は、騎士様本人なの」
「は?」
意味不明のことを言われて山田は固まる。
「解析してみたら、これは癌細胞でも寄生体でも無いの。
形は異常だけれど騎士様の正常な細胞から構成されてる。つまり普通の体組織の一部で、いわば騎士様の分身体。だから病気鑑定に引っかからない」
「え、それがどうしてこんなお化けに」
「再生力をつかさどる魔力が局所的に暴走しているみたい。理由はよく判らないけれど」
「あれですか、癌細胞が遺伝子異常で増殖のブレーキがはずれているみたいな感じ? いや、でも癌ではないのか」
「……遺伝子異常?」
錬金術師は山田の言葉を聞くと真剣な顔になり、標本に解析魔法をかけはじめた。
「……これだ。ヤマダ、ちょっと見て」
「いやお嬢、遺伝子解析データなんか見ても素人には判りませんって」
錬金術師にお茶を入れながら、山田は困った顔をする。錬金術師は、いいから、という顔をして山田を呼ぶ仕草をする。
「ここを比べてみて」
錬金術師は表示されている解析結果を指さす。
「比べて?……あれ、上と下でちょっと違ってる部分がありますね。あとは全部同じに見えますけれど」
「上が騎士様の遺伝子。下が腫瘍の遺伝子。ここの違いがある部分に、複数個の遺伝子が組み込まれてる。たとえばこの部分の塩基配列は治癒系魔法の権能発現遺伝子と一致してる」
「難しくて意味がよく判りませんが、要するに何がおきてるんです?」
「何者かによって、細胞に遺伝子操作が加えられてるの。ヒトに使ったら死罪になる禁呪よこれ。誰がやったの? 魔族?」
山田はそれを聞いて考え込む様子になり、ぽつりと言った。
「もしかするとこれ、『クラウンゴール』かな……」
「くらうんごーる?」
今度は錬金術師が怪訝な顔をする。
「地球の薔薇という花がかかる病気です。
地球には植物細胞の遺伝子を組み替えてしまう能力を持ったアグロバクテリウムという細菌がいるのですが、それに感染すると遺伝子が菌によって組み替えられて暴走し、植物体に癌のような塊が次々にできてきます」
「え、ヤマダが住んでいた世界にはそういう魔物がいるの?」
「魔物とは呼びませんが、知らなければ実在を疑うような能力を持った生物ではありますね。地球の菌は人間には感染しませんけれど、薔薇農家には悪魔のように恐れられています」
「それって、菌を排除すれば治るの?」
「一度遺伝子改造されてしまった細胞は、細菌を排除しても二度と元には戻りません」
「状況として似ているわね」
錬金術師は山田の話を書き留めつつ、そう言った。
「お嬢、騎士様の細胞に組み込まれた異常遺伝子を取り除くことはできないのですか?」
「細胞単位でなら可能ではあるけれど……遺伝子操作した細胞を『冒険者の書』に登録に行ったら、私が死罪になる」
「うーん、駄目か」
「地球の『くらうんごーる』はどうやって治すの?」
「……二度と治りません。美しい花がしだいに弱って枯れていくのをただ見ているだけです。だから普通は……諦めて抜いて燃やします」
錬金術師は無言で何か考えている様子だった。
しばらくして、彼女は山田に言った。
「……ヤマダ、あなたは騎士様の首をはねることができる?」
「いや、さすがにそれは……若い女性を斬首するなんて死んでも無理です」
そう言ったあと、ヤマダは収納袋の中をごそごそと探して何かを取り出した。
「……でも、苦しみから救ってさしあげる方法ならば……」
山田が見つめる手の中にあったのは――あの藁人形だった。
今回エピソードはあと2回で終了。女騎士の運命やいかに。




