85:錬金術師の訪問診療
今回は病気に関連した生理的に不快な描写があります。グロやホラーが苦手な方はパスして次話をお読みください。
錬金術師は中隊長の話を聞いて、何かに納得したようにうなずいた。
「判りました、中隊長様。お姉様は私の従者の命の恩人です。
何か私にお力になれることが見つからないか、お姉様とお話をさせていただきたいのですが」
「錬金術師様、しかし姉は誰とも会いたくないと」
「それはこちらで交渉いたしますから、ご面会の許可だけいただければ。お姉様はこちらの病棟ですか?」
「ええ、2階の『安曇の間』を居室として与えられております」
中隊長の承諾を得て錬金術師は養生所の事務所に使い魔を送り、面会許可証を受け取った。
「では、お姉様にお会いしてまいります」
錬金術師についていこうとする山田を、錬金術師は手で制する。
「女性の身体を診察するから、ヤマダはここで待っていて。中隊長様にお茶菓子の追加をさしあげておいて」
そう言って彼女は入院棟へと入っていった。
「『赤影』、『鳴門』、『神居』……『安曇』、ああ、ここね」
錬金術師は療術士の作法に従って室内に入室の合図を送るが、返答は無い。
「騎士様、お部屋にいらっしゃいますか」
そっと引き戸を横にずらすと、侵入防止の術式は付与されておらずそのまま戸はするすると開いた。
覆面の女性は家具の無い狭い病室の中で、敷床の上の背もたれ枕によりかかってぼんやりと窓の外を見ていた。部屋に入ってきた錬金術師を横目で見て、気力の無い様子で、
「誰だ」
とつぶやいた。
「宮廷錬金術師のファナ・コサンと申します。先日は騎士様に私の従者が命を助けていただきましたそうで、そのお礼を申し上げにうかがいました」
覆面女性が首をかしげたので、錬金術師は空中に白装束の不審者の幻像を投影した。覆面女性はあいかわらず気力は無さそうだったが、ああ、あの時の、と言って得心した様子だった。
「病が伝染るからもう関わるな、とお伝えしたはずだが……どうやってここがお判りに?」
「わたくしはタンクタン様と面識がございましたので、無理にお願いして面会の許可を頂戴いたしました」
「弟が? よけいな事を……あなたが病になっては困る。お気持ちは判りました。早くお帰りになって下さい」
手を振って追い返そうとする覆面女性に、錬金術師はにっこりと微笑む。
「私の装備には四類対応の防疫術式を織り込んでおります。たとえ赤死病やデル赤斑出血熱であったとしても感染はいたしません。
それに私は錬金術師ですから、騎士様のお体を拝見すれば療術士様とは違ったお見立てができるかもしれません」
「……無駄だとは思うが」
「お体を診察させてはいただけませんか?」
女性は無言のまま立ち上がり、窓を遮光布で覆ってから、そっと覆面をはずした。
豊かに波打つ、銀色に近い金色の髪がふわりと広がる。
やつれてはいるが、気品に満ちた美しく若い女性の顔。
しかしその左の頬には火傷のようなひきつれがあり、うす黒い色が滲んでいた。
彼女はそのまま服をはだけて肌着姿になる。
しっかりと鍛えられた筋肉質の武人の体。しかし丸みをおびた女性らしい肉付きも失われてはいない。女性である錬金術師でも見惚れるほどに見事な、彫像のような肉体である。
だがその身体はあちこちの皮膚がひきつって歪み、かすかに変色が認められた。
「すみません、触診させていただきます」
錬金術師は手指を浄化して、覆面をはずした女騎士の身体に直接触れてみた。
(……左半身を主体として全身の皮下に小指頭大までの腫瘤が散在。
触感に弾性は乏しくやや硬質。腫瘤表面は不整で周囲との境界が不明瞭、可動性は無い。直上の皮膚に陥凹、浮腫、変色あり……この所見は……)
確認した錬金術師の表情がこわばる。
「押して痛みますか?」
「……今の時間は痛みも痒みも無い。痛みが出てくるのは、こぶがもっと大きくなってからだ」
「組織検査をしたいのですが、お体に少し傷をつけてもかまいませんか?」
「……手でも足でも、丸ごと切り取って持っていってくれ」
「では麻酔術式を付与します」
錬金術師は女騎士を座らせて、左足に痛みを感じなくする術式を付与した。そして前脛部(訳者注:足のスネの部分)のしこりに何種類かの術式を追加付与した。
「何をしているのだ」
「こぶを育ててみています」
「育てるだと?」
「病気が進行するとどうなるかの確認です。お体に広がらぬよう魔法で押さえてありますが、何かあったら足ごと切断して焼き払います」
「錬金術師殿は変わった事をするのだな。その方法は初めてだ」
女騎士は、そう言うとほんの少しだけ笑った。
「……錬金術師殿」
「はい、何でしょうか」
「わたしの病気が治せないと判ったら、あなたの手でわたしの命を絶ってもらえないだろうか。国家錬金術師ならば、そのための免許をお持ちだろう」
「そのようなお約束はできかねますが」
「……頼む。私はもう疲れた。この地獄から解放してくれ……それだけがわたしの望みだ」
力無くそう言って、やつれた顔の女騎士は目をとじた。
錬金術師が魔力を注ぎ続けると女騎士の足のしこりはどんどん膨れ上がり、どす黒い凸凹した肉の塊になった。そして、しだいに人の顔のような形になってきた。
その肉の顔は育ちきると ぶるっと震え、ゆっくりと目をあけた。そして錬金術師のほうにぎょろりと視線を向けた。
彼女が思わず息を飲むと、肉の顔はその様子を笑うかのように口をゆがめた。
そして。
チチチ、と鳴いた。
チチチ、の元ネタは若い人には判らない……と書こうとして、念のため調べてみたら電子書籍で普通に売ってた(画像検索:のろいの顔)




