84:中隊長が語った話
今回と次話は病気に関連した重い話が続きます。鬱状態の方は読む事をお勧めしません。
―― そう、あれは王都を黄金髑髏――魔族シュタインが襲撃した時のことです。
姉のノーラは巡回中にたまたま魔族に遭遇し、彼に戦いを挑みました。しかし力が及ばず敗北し、その時にうけた傷口から魔界の病原菌が侵入して体が腐りはじめたのです。
すぐに治療すれば完全に治る病気だったらしいのですが、意識を失って倒れている姉が発見されたのは翌朝になってからの事で――すでに全身に菌が回っており、あちこちの肉が崩れ出して多臓器不全で瀕死の状態でした。
ですが、この養生所に運ばれて治療したおかげで姉はかろうじて一命を取り留めました。
しかし――それが悲劇の始まりでした。
いっそあの時に完全に溶けて消滅していたならば――戦闘時の貴重な記憶は全部失われてしまったでしょうけれど――「冒険者の書」に記録した時点の体で新規に復活して、何の問題もなく生活を続けていたでしょう。
それが、なまじ命を取り留めてしまったばかりに――
聖教会の療術士様の治癒魔術によって姉の体は元の状態に戻り、鑑定魔法でも姉の体から菌は完全に消えていました。姉も僕も、その時には完全に治ったと信じていました。
ですから聖教会で新規に状態記録を済ませて、あとはまたいつも通りの生活に戻れるつもりでおりました。
ところが――
翌日になると、姉の体はふたたび腐りはじめたのです。
夕方に手や足がしびれはじめ、夜になると体のあちこちが変色して、こぶのような塊がふくれあがってきました。
あわてて養生所の救急外来に駆け込んで、麻酔術式をかけてこぶを切り取り、傷口を浄化して治癒呪文をかけ、見た目には再び元に戻りました。
切り取ったこぶが鑑定にかけられましたが、「ノーラの体組織」という鑑定結果しか得られませんでした。呪いや病原菌はまったく検出されていません。
療術士様は「原因がよく判らないけれど、騎士様の体を鑑定しても病気表示や状態異常表示は出ていない。もう完全に治っているから心配ない」とおっしゃったので、その夜はそれで帰りました。
ですが翌日の夕方になるとまた手足のしびれが出てきて、こぶが現われてきました。そのあとは同じ事の繰り返しです。
検知できない特殊な呪いなのではないか? と言われて対呪結界の中にこもったり、高位の聖職者の方に聖水をかけていただいたり、万病を治すという霊薬を使ったり、状態異常を治すありとあらゆる魔道具や術式を試してみましたが、どれも効果はありませんでした。
戦いたくないので詐病で自分の体にこぶを作っているのではないか? とか、
身体にこぶを作る固有権能を使って同情を集めようとしているのだろう、
何か造物主様を冒涜する行為をしたから天罰をうけたに違いない、
魔族に陵辱されたため魔物の体に変わりつつあるのだ、などと噂する方もいました。
姉はもう騎士団に居場所は無く、この養生所に入所して治療に専念することになりました。ですが調べても原因不明、治療法も判らぬ病気に対して療術士様方も困惑するばかりです。
しだいに誰もが姉に出会うと無言のまま顔をそむけるようになり、今は漫然と対症療法を続けながら、ただ生かされているだけの毎日です。
騎士には自死が許されていません。ですから弟の私に、自分の首をはねてほしいと懇願してきました。でもそのような事ができるはずもありません。
仮に今の姉を消滅させて新規に蘇生体を作ったとしても、記録されているのは病気に罹った後の身体です。おそらくは同じ事が繰り返されるだけでしょう。
姉はもう、生きる事に絶望しています。魔物と戦って騎士として最後を迎え、そのまま消え去りたい。そう思って、夜になると魔物の出没しそうな場所に出かけているようです。
誰か自分のことを消滅させて、この苦しみから解放してほしい。
それが姉の――誇り高き女騎士の、ただ一つの望みなのです。




