83:王立の養生所
「あの人がいるとしたら、この施設かな」
「城郭の外にあるのに、ここには魔獣が来ないんですか?」
「ここは騎士団の駐屯地でもあるから、外敵が来たら療術研修中の衛生兵が訓練相手として討伐するんじゃない?」
「うへえ、闘う療養所ですか」
錬金術師と山田がやって来たのは、昨日の事件現場にほど近い場所にある王立コイシカワ養生所である。
所長の「赤ひげ」ことニーデ・キョジョーが管理する療術施設には聖教会からの派遣療術士も共に居住しており、貧しい者達に無料でさまざまな治療を施していた。
また王立大学の研究員達が怪我や病気、あるいは心を病んだ騎士団員を実けn……治験対象として新しい錬金療術や治癒魔法の臨床研究をおこなっている。
さらにこの施設は、城郭内での研究が禁止されている感染性人狼化、吸血鬼化など不治の状態異常に関して情報収集をするための四類隔離実験施設でもあった。
当然ながら外来診療部を除いて部外者は立ち入り禁止であったが、錬金術師は御家人という立場を利用して、最新療術の研修という名目で正式な立ち入り許可を得ていた。
隔離棟から時々ヒトとは思えぬうめき声が聞こえてくるが、全体的にはたいへん清潔で近代的な療養所である。
「入院棟はこっちかな……あ、あれは……ほらヤマダ」
「おお、探すまでもなくあっさり見つかった」
建物の入り口に、あの覆面姿の女性が立っていた。銀髪巻き毛の美少年が彼女と話をしている。
「姉上、そんな事をおっしゃらないでください!」
「わたしはもう死んだも同然の身だ。お前にも病が伝染るかもしれない。タンクタンよ、もうここには来るな」
「聖教会の療術士様は、もう病は治っているとおっしゃっています」
「ならば何故このような体なのだ! 病気ではなく体を蝕む菌も無く、呪いでも無い状態なのに体が腐っていくなどという話があると言うのか? わたしの体の奥底に、鑑定魔法では判らぬ病魔が巣食っているのだ!」
「姉上!!」
「くどい!」
覆面女性は山田達のほうをちらりと見たが、何も反応を見せずにそのまま入院棟の中に入っていった。山田は新調した黒い執事服姿であったため、先日会った白装束の不審者と同一人物である事に気付かなかったようである。
「……あのう、申し訳ございません。少しお話をうかがわせていただきたいのですが」
一人取り残された美少年に、錬金術師は話しかけた。
ナーロッパ風のフリルのついた白いシャツ的な服に、中央が編み上げになったコルセットとストラップ付き半ズボンを一体化させたような脚衣。細身のネクタイ的な首周り装飾をつけてスーツ的な筒袖の服を上にはおり、細い足には膝上まである長靴下に革ブーツ的な履き物。太腿にはガーターベルト的な装飾を巻いている。端的に言うとご婦人向けの耽美なショタ人形という様相である。
整った顔に金色の大きな瞳、血色の良い小さな唇。その容貌はまるで少女のように愛らしい。
山田にとって性癖の対象外であったため鼻血は出なかったが、そういう傾向のまったく無い山田ですら、なにやら怪しい気分になってくるほどの美少年であった。
(あれ? この人、どこかで会ったことがあるような気が……)
山田は首をひねるが、思い出せない。
「ええと、あなたがたは確かあの時にお会いした……錬金術師様と、ご従者様ではありませんか」
美少年のほうが山田よりも先に、二人が誰であるかに気付いた。
「はい、お久しぶりです、中隊長様」
錬金術師の言葉を聞いて、山田もようやく彼が誰なのか思い当たった。
八王子村の魔蜂襲撃事件において、調査騎士団の指揮をしていた男性用ビキニアーマーの中隊長である。(訳者注:53~54部分=52~53話登場)
「ああ、お恥ずかしい。非番だったのでこのような防御力に乏しい格好を」
そう言って中隊長は頬を染める。絵師がいたら描かせたいほど絵になる姿である。
錬金術師は中隊長に少し時間があるかと聞いて、養生所のはずれにある芝生広場に連れていった。彼女が空間収納から野点用の席を出してしつらえ、山田が二人にコーヒーを淹れる。
「……姉との諍いを見られてしまいましたね。何故ここに?」
中隊長は茶器を手に持ちながら錬金術師にたずねる。
「実は我々がこちらに来たのは、中隊長様のお姉様にお会いしたかったからなのです」
「姉上に?」
錬金術師は中隊長に、先日の人大熊猫襲撃事件のことを語った。むろん藁人形の件は秘密であり、知り合いの冒険者が遭遇したことにして話には脚色を加えてある。
「……それで、お姉様がどうしてあのようなお体になってしまって、何故治らないままなのか、それを知りたいのです」
「……そうですか……姉上がそのような事を……
おそらくその時に姉は……死のうとしていたのでしょうね」
「死のうとしていた?」
中隊長は、覆面の女性――陸上第二騎士団モーケン連隊の女騎士団長、ノーラ・クローの身におきた出来事を語りはじめた。




