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79:餓える獣

「獣身変」。

それは人喰いの魔物、人狼ワーウルフ族が使う獣化変身技である。


 男の体はメキメキと形を変え、たるんでいた肉は小山のごとく盛り上がった筋肉へと変わった。

 両耳は頭の上のほうに移動して獣の耳になり、手足には鋭い爪が伸びて黒い毛が生えそろう。

 獣の形となった顔には、太い竹をも噛み砕く強靱な顎。両眼の周りが黒く円形に染まったその姿は、もはやヒトではなかった。


 人大熊猫ワーパンダ


 狼を超えた戦闘力を持つ大型動物、大熊猫パンダの力を秘めた人狼の上位種。

魔法力で著しく強化されたその肉体の力は猛獣をはるかに凌駕りょうがし、同じく高められた知能は猛獣に勝るとも劣らない恐るべき存在である。


 そして彼には人狼には無い能力があった。すなわち完全に獣化しても二本足で立って歩けるのである。さらに大熊猫にしか無い種族的特徴があった。


 いわゆる「パンダの親指」である。


 大熊猫は竹を握るために手のひらの骨が進化し、指状の突起物を形作っている。そのため獣の手でありながら、ヒトのように棒状のものを握って持つことができる。

 すなわち、人大熊猫は筋力を最大限に発揮できる完全獣化態において、二本足で立って武器を振るう事が可能であった。これは人狼には不可能な人大熊猫の限定技である。


 そして人大熊猫は空中から巨大な金属の棍棒こんぼうを引き出した。


 どこかの金属錬成工房で精錬に失敗したものだろうか、溶けて一体化した鉄鉱石の大きな塊。その一端が持ち手のように伸びた無骨な物体。

 大きく、分厚く、重く、この場合は比喩ひゆではなく文字通りの大雑把おおざっぱすぎる鉄塊だった。


 だがその鉄塊は、物理障壁ごとすべてを打ち砕く物理力、ドラゴンの頭をも粉砕する破壊運動量を生み出す事ができた。もはや武器と言うより巨大な質量兵器である。


「ちぇすとおぉおおおおおぉ!!!!」


 奇声と共に人大熊猫の驚くべき膂力りょりょくで振り抜かれた鉄塊。それはまさに鉄の暴風であった。

 轟音と共に山田がのぼっていた巨木の根元が一撃のもとに粉砕され、めきょきょきょずどどーん、と音を立てて木が倒れた。


 樹上にいた山田は魔力を全身にめぐらせて体の安定をはかったが、他の木に飛び移るような芸当までは無理である。怪我けがこそしなかったがそのまま地面に投げ出されてしまった。

 あわてて起き上がり走って逃げようとするも、眼前に猛烈な勢いで石が投げつけられ、爆発したような音をたてて地面がえぐれる。


「にげちゃ、だめ」


 ぼふーぼふーと荒い息をしながら、巨大な棍棒をかついだ人大熊猫が二足歩行で山田に近づいてくる。

 山田、絶体絶命である。だが山田にも意地がある。せめて一太刀ひとたち。片刃剣を取り出すと魔物のほうへと向けた。


 それを見た人大熊猫はムエエエエエェ、と不気味な声を立てて笑った。ちなみに大熊猫の笑い声は素の状態で普通に不気味である。


「そんなほそいけん、すぐおれる」

 状況としては、巨大な落石が迫ってくる時に日本刀で立ち向かうようなものである。勝ち目があるかどうかはザブリスカのフォンテマでも判るであろう。


(お嬢ぅおおおおぉぉ~~~た~す~け~てえぇぇぇ~~!!!)

 内心で絶叫しながら山田はじりじりと後ろに下がる。人大熊猫は片刃剣をつきつけられている事を気にする様子もなく棍棒をふりあげた。


「そこまでだ、魔物!」

 その時、闇の中からりんとして響いた若い女性の声。


「だれ?」

 人大熊猫はふりあげた棍棒を止めて、声の主のほうを見る。


 そこに立っていたのは刑部頭巾ぎょうぶずきんで顔を隠した王国服の、おそらくは女性らしき長身細身の姿。左手で体を支えるための杖をついている。

 その姿を見て山田は思わず叫んだ。


「誰だよ!?」


 知らない人だった。

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