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78:闇の中の来訪者

 怪しげなデb……恰幅かっぷくの良い男性に話しかけられた山田は、それでも無言で隠れ続けた。ここで姿を現わしてもどういう会話をしたら良いか判らない。不審人物が二名に増えるだけである。


「ぼくグラトニー。32さい。おさんぽしてたの」

 男は一方的に自分語りを始めた。明らかに危ない人である。


「ぼくねー、ひとがすきなの」

 男は落ち着き無く不規則に体をゆすっている。右手の親指をちゅぱちゅぱと吸って、濡れた指を服のすそにこすりつける。


「だって のうみそが おおきくて」

 よだれを垂らしながら大きく口を開け、はふぅ、と息を吐く。


「すじょうゆ をつけてたべると、おいしいから!」


 山田は言葉の意味を理解するまで少し時間がかかった。

それから、ぎゃああ、と叫んで腰を抜かした。


 あわてて収納袋から目潰し用の閃光弾を取りだそうとした時、勢いよく何かが飛んできて山田の手をはねとばした。


「せんこうだん、だめー」

 男は空中から握りこぶしぐらいの石を取り出して、ふたたび手に持った。


「「何で判った!(なんでわかった)」」

 山田の言葉と男の言葉が重なる。男はむふー、と得意そうに鼻息を出す。


(こいつ、まさか俺の考えてることが判るのか?)

「ちょっぴりしか、わかんない」

「判るじゃねえか!!」


 石をぶつけられた右手がひどく痛む。指がうまく動かない。

(折れてるな、これは。……回復薬が使えれば)


「おくすり、つかっていいよ。いたがってるひと、たべるとにがい。

げんきなひと、あまくておいしい」

「美味しくいただかれる気は無いが……お言葉に甘えて使わせてもらうよ」


 山田は収納袋から上級回復薬ハイポーションを取り出して一気に飲む。

一瞬遅れて口の中に広がる、強烈な化学臭と喉を焼く強い刺激。

「!%ぐ*#ぎゃ褻ぽっ!!!!」


(うえええ間違った、これは攻撃用の毒薬だっっ!)


 山田は意味不明の音声を叫びながら口から緑の液体を吐き出し、反射的に薬瓶を投げ捨てた。

すると投げた瓶は偶然にも男の顔面に直撃し、刺激臭のある液体が彼の体に飛び散った。


「うきゃあ、だめっ、どく、だめえええぇぇ」

 男は大慌てで体についた液体を払い落とそうとする。


 その隙に山田は近くの巨木をよじのぼって上に逃げた。必死で逃げた。

だが言うまでもなくこれは悪手あくしゅであった。


 よく考えてみていただきたい。そう、この世界の住人は空が飛べるのである。

木の上に昇ったところでまったく意味が無いのである。

 これにて詰みである。地球語で言えばチェックアウトである。(訳者注:原文ママ)

このあと山田は、空中を歩いてきた男に頭から踊り食いされて人生終了となる。

だが残念ながら恐慌状態になった地球人には、そういう事を思い至る余裕が無かった。


 しかし予想に反して、幸いなことに男は「空中歩行」ができなかった。

木登りも苦手らしく、地上から山田に向けて、ずるーい、などと叫ぶばかりである。

魔法攻撃をしてくる様子も無い。


 さらに山田にとって幸運だったのは、彼が飲んだ薬は毒薬ではなく、まぎれもなく上級回復薬だった事である。

 錬金術師が作成した薬が、生命の危険を感じるほど不味まずかっただけである。


 たちどころに薬が効いて山田の指は自由に動くようになっていたが、彼はそれを自覚する余裕すら無い。

 木の大枝の上に体を引き上げて信号弾を取り出し、救援要請の合図を打ち上げた。

少し離れた場所で待機している錬金術師が気付いてくれて、空中歩行で山田を拾い上げてくれれば脱出成功である。


 これが大魔獣出没地域であれば、山田ももっとまともな対策を用意していた事だろう。しかし城郭のすぐ外に人喰い魔人が現われるような事態はまったく想定していなかった。

 北海道にヒグマが出没するからと言って、ススキノに行く時に三毛別さんけべつ羆事件ひぐまじけん(訳者注:心を病むので検索してはいけない)に遭遇する用意をしている戦士は少数派なのである。


 ここで山田はようやく一息ついて、木の根元にいる男の様子をうかがった。


「ずるをするなら、かんがえがある」


 男はおもむろに服を脱ぎはじめ、全裸になると正座して脱いだ服を丁寧ていねいにたたみはじめた。手早くは無いが、意外なほどきちんとたためている。


 そして整理した服を空間収納してから立ち上がり、準備体操のように体を動かしはじめると、そこから流れるように謎のかまえをとりながら声を上げた。

「いち、にー、さん、はいっ! じゅう、しん、へんっ!」


 意味のよく判らないかけ声と共に、男の体にはみるみるうちに変化が現れた。

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