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77:呪いの藁人形

「うええええ、何ですかこれ」


 錬金術師の研究室アトリエ全体を埋め尽くすように、空中に表示された膨大な術式言語のうずを見て山田は驚愕していた。


「このわら人形に付与されている魔術式よ。驚くほど複雑なのに構造を見ていくと合理的でまったく無駄が無い。これを構築した魔術師はたぶん天才ね」


 研究室に持ち帰った藁人形に解析魔法をかけた錬金術師は、思いもよらぬ高度な魔術式が付与されていた事に舌を一回転させていた。(訳者注:感嘆したという意味の慣用句)


「ここの部分の術式は、たぶん生物の遺伝子配列を読み取るものだと思う」

 錬金術師は、術式の該当部分を指さす。


「い、遺伝子読み取り? DNAシークエンサーみたいな?」

「そのシークヮーサーとかいうのが何なのかはあとで教えてもらうけれど、この人形は遺伝子情報によって指定された個人を狙って、その人限定で魔法効果を与えるように作成されているみたい」

「こ、効果、って、効果あるんですかこれ」

「魔道具だもの、効果があるのは当たり前でしょう?」

「うへえ、本当に効くんだ、さすが魔法世界」

 思いっきり引いている山田を見て、錬金術師は怪訝けげんな顔をする。


「それでヤマダ、これ、いったい何に使うものなの?」

「もしこれが日本のものと同じならば、人を呪って命を奪う道具です」

「呪い? え、え、え、何それ、詳しく教えて」

「あああ、近いですお嬢。あぅぅ、今回はなんか素敵な甘い香りが」

「私が調合した香水よ。それはどうでもいいからもっと気合い入れて! ほら早く」

 心理的にも物理的にも対人的な距離を計る能力の乏しい錬金術師に迫られながら、山田は「呪いの藁人形」について説明した。


「……なるほど、対象となる者の体組織の一部を人形の中に入れて、遺伝情報を読み込ませるのね? へえ、ニホンではそういう方法で要人を暗殺するんだ」

「実際にできる人がいるかどうかは知りませんけれど」

「この術式構成を見る限り、術者が何か特定の儀式をする事が効力の発動条件になっているみたい。ヤマダは知ってる?」

「特定の儀式?」

「呪いの踊りを舞い踊るとか、自分の生き血を人形にかけるとか」

「うーん、というとあれかな、夜中に神社の立木たちき五寸釘ごすんくぎで人形を打ち付ける」

「ジンジャ? ジンジャって何? クギって?」

「あー、魔法で錬接するから釘は無いのか。 えーとですね、順番に説明していきますが」

「それよりも実際にやってみましょう」

「ええええええええええええ」


 というわけでヒャッハーと言う間に時は過ぎ、その夜となった。


 草木も眠る牛人ミノタウロス三つ時。

人々はとうに寝静まり、家々のやのおも三(インチ)下がろうかという時刻。

 王月ムーンは遠く地平に沈み、妃月ルナが雲の向こうでおぼろかすむ。何処どこから鳴るのか教会の鐘がチリコンカーンと陰にこもってものすごい。

                

 そんな時刻に人通りも無き城郭外の、古びた小さなやしろの古木の前に立つ白装束の男。

 みだれた髪に三本足のついた鉄輪かんなわをかぶり、そこにゆらめく蝋燭ろうそくの炎。魔物も震えるようなその形相ぎょうそうは、とうていこの世のものとは思われない。

             

「恨みつらみはございませんが、あるじめいにてお命頂戴致します」

 くぐもる声につちがひとつふたつみつよつ、黒々とした闇の中へと消えていく。


「あー お嬢、結果出ましたかー」

 藁人形に釘を打ち付けた山田の問いかけを、使い魔(ライン)が錬金術師へと運んでいく。


 しばらく待つと錬金術師の使い魔が山田のところに返事を持ってきて、彼女の声真似をする。

「効いた効いた、即死したわ。遺伝的に同一の近交系ハツカネズミは全部同時刻に心停止して、異系統は何ともなかった。今ネズミさん達を蘇生してるところ。ヤマダ、戻ったらみんなに約束の報酬ごはんをあげてね」


 山田はそれを聞いて、ふう、とため息をつく。


「うーん、ヒトガタなのにネズミにも効くのか……。もしかしてシロアリ退治にも使えるかな? しかし何だな、志願制で蘇生もさせるとはいえ不穏ふおんな実験だよなー。まあ お嬢の場合、動物実験は駄目だと言ったら自分を対象にして実験しかねないんだけど」


 そして山田が次の実験の準備を始めようとした時、胸に吊した「索敵さくてきの鏡」が警告の振動を発した。鏡を見ると、ヒトらしき反応が山田のほうに近づいてくる。


「いかんな、呪っている時に他人が近くにいると術式が乱れると、お嬢が言っていた。これでは一人で来た意味が無い」

 というよりも、山田の姿は不審者などというなまやさしい物ではない。誰かに見られたら即刻騎士団に通報される案件である。


 山田は頭の蝋燭の火を消し、光魔法迷彩で姿を消す「隠れ風呂敷」を頭からかぶって近くの茂みの中に身をひそめた。

「……誰だろう、こんな夜中にこんな場所に来るなんて。どう考えても怪しい人に違いない」

 お前はどうなんだ、と突っ込みを入れる者はここにはいない。


 山田は目に魔力を集めて視力を上昇させる。その時ちょうど雲が切れて妃月ルナの光がさし、近寄ってきた者の姿が見えた。


 日本人に判る表現をするならばランニングシャツに半ズボン的な装束しょうぞく、足は裸足はだし。坊主頭で目が小さく、肌がたるんだ二重顎にじゅうあごのデb……ふくよかな体格の男性である。


 彼はぺたぺたと歩きながら、山田が隠れているほうに一直線に近寄ってきた。

山田は茂みの中で、こっちに来るんじゃねえ! と思いつつ身を固くする。


 男は山田の近くに立つと、無邪気な顔で目を細めて、にへらっ、と笑った。

「こんばんわー、いい夜でしゅねー」


 明らかに山田の存在に気付いている言動だった。

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