76:魔道士のワンダールーム
「うおおぉ……これは奇観だ」
山田はその部屋の中を、ぐるりと見回して感銘を覚えていた。
「驚異の部屋」。
「愉悦の蒐集室」「幻想の保管庫」などとも呼ばれる、博物陳列室のことである。
近代において学問研究は専門分野ごとに細分化されており、ほとんどの魔術師は限られた一分野しか取り扱わない。しかし中世には情報や文物の流通量も限られていたため、あらゆる分野から手に入れられるものすべてを研究・蒐集の対象にしようと試みる者も希ではなかった。
いわゆる博物学と呼ばれる学問体系である。
かつて博物学者は、自然科学はもとより宗教的遺物、地方工芸品、実在しない贋造生物や自動人形に至るまであらゆるものを一室に集めて飾り、驚きと知的好奇心を刺激する魅惑の空間を創出していた。
その魔道士の研究室は、まさにこの「驚異の部屋」そのものであった。
蘇生防止処理をされた得体の知れぬ生物の干物。
古びた魔道書と絵地図と巻物。
謎の機械と魔術実験道具、古風な瓶に入れられた薬品の数々。
怪しげな化石に美しい鉱物、奇妙な形の木の実と骨、正体不明の液浸標本。
それはどこからどう見ても、絵に描いたような怪しげな魔道士の居室であった。
言うまでもないが、今時そういう前時代的な調度品で部屋を埋めている研究者はいない。山田達が見ているのは、端的に言うと魔術マニアが趣味で集めた品々を飾りまくったヲタク部屋である。
「ヤマダ、危険なものがあるかもしれないから、うかつに触らないで」
「うへえ、物騒だな……了解しました、お嬢」
この部屋の住人だった男は、先日の聖力収集事件において魔族が王都に入り込む手引きをしていたことが発覚し、即日火刑に処された人物である。
錬金術師は彼の部屋に魔族とつながる何かがまだ残されていないか、調べる役目を与えられてここに赴いていた。
「でも、あまりにも処刑が早すぎて妙な感じではあるの。何かこう、口封じ的な印象があって」
「え……まさか誰かに罪をかぶせられたとか?」
「背景はよく判らないのだけれど、無実の罪という事でも無さそう。魔族から報酬として受け取っていたという敷物がこの部屋から249枚押収されて、本人が狂ったようにそれに執着してた。その枚数から見て今回だけの話ではなくて、かなり以前から繋がりがあったことは確実だと思う」
「……敷物?」
山田は首をかしげる。
「若い女の子の私室の床に敷いてあった敷物を盗んできたものらしいの。この部屋の主は、全裸になってその敷物の下に入り込むのが生き甲斐だったって。
処刑される時に『美人女学生の寝室の床に転生したい』と言い残したとか」
「すいません、ちょっと話についていけません」
頭が痛そうな様子の山田の横で、錬金術師は空中に調査票を表示する。
「この部屋にあるほとんどの物は押収するまでもない一般販売品や贋作なのだけれど、一部に鑑定魔法をかけても名前以外の情報が出てこないものがあるの。
それは今まで調査研究された事がない物品なのだけど、そういうものは『稀覯品』……つまり異世界から来た物の可能性がある」
「えええ、異世界から召喚されたレアアイテムって事ですか?」
「その中からチキュウ由来ではないかという物品を抜き出してみたのだけれど、ヤマダが知っているものは無い?」
山田は一覧表に目を通す。
「……メイガス4邪神の彫像、封印されし原初のガンドレス、イシマタラの呪い仮面、歪萌えの巫女服、1/1スケール匣入り娘、呪いのビデオ8Kリマスター版呪いのブルーレイ……いや、名前すら聞いたことの無い物ばかりです。なんかどれも禍々しい響きがありますが」
「中には可愛い名前のものもあるのだけれど」
「可愛い名前?」
「そこにあるピンク色の、ぷにぷにした何か」
錬金術師は棚に置いてある、箱に入った小さな塊を指さす。
「んー何だこれ? 和菓子かな……じゃないな、あ、これって……いや何でもないです。うん何かなー全然わかんない。名前を削除しておきましょう。いや危険性は無いと思います。
えーと、他にもいろいろな物があるんですね。
あ、これは判ります。中学生用バニーガール衣装。危ないなあ」
「世界を破滅に導くような物なの?」
「世界は滅びないと思いますが、身を滅ぼす人はいるかもしれません」
「ちょっと待って……えーと、ではそれは危険物として国家管理下に……振り分け用の黒札を付けておかなければ」
「それと藁人形…… 藁人形?」
錬金術師が棚の上を指さす。山田がそこを見ると、藁を紐でくくって作ったヒトガタが置かれていた。
「何だこりゃ……いや、形状的にはどう見ても人を呪う時に使うアレなんだけども」
山田は顔の無い粗雑な造りの人形を手に取って、首をかしげた。
それが何なのか、その正体を彼らはまだ何も知らなかった。




