69:二人目の大幹部
王都シブヤ町。
シブヤ川とウダ川の合流地点に位置する谷底の町で、町の名は戦国時代に一帯を実効支配したシブヤ騎士団に由来するという説が一般的である。
そしてシブヤの駅前広場にあるのがこの町の象徴、ハチ公像である。
銅像の元となったハチ・グレートアキタ公爵は、1000年前の冥王襲撃の際に古エド王国の王女ロリリーヌを城から落ち延びさせるためただ一人で黒冥臣の一人、肛虐将軍フィストファックの大軍勢と戦ってそれを食い止め、最後に将軍と相打ちになって壮絶な消滅をとげたという伝説の武人である。
その逸話は活動幻影にもなっており、人々には「忠臣ハチ公」の呼び名で知られている。
「お嬢っ……!」
錬金術師の姿はどこにも見えない。夜であることに加えて霧が出ているため遠くが見通せない。山田は焦る。
すると頭上の羽毛竜がクックアドゥールドゥー、と一声鳴いた。
その瞬間、山田の頭の中に周囲の状況が流れ込んできた。
「え、これは……索敵魔法? お前の特技か?」
頭上でパタパタと翼をはためかせる竜に礼を言い、山田は状況把握に神経を集中する。
「……クマネズミが3匹……ドバト竜が2羽……それに……」
すぐ近くに何者かがいる。無生物のように魔力の存在をまったく感じない。だが動いている。ぞわり、と背筋が寒くなるような謎の違和感。
そしてその隣に……魔力防護壁に囲まれた小空間。
「この裏かっ!」
広場の植え込みを回り込んで、駅前の騎士団番屋に向かって走る。
霧の中から見えてきたのは、地面に倒れている二人の騎士団員。
その近くで明滅する広告看板の明かりに照らされながら、一人の男が立っていた。
「おや、新顔が来たようだな」
警戒するそぶりもなく、男は自然体で山田のほうに顔だけ向ける。
痩せ気味の中背で、地球の功夫服に似た銀灰色の筒袖装束。
伸びた眉毛、綺麗に整えた髪の毛と顎髭。どれもがかなり白くなっている。地球人であれば初老男性に相当する外見である。
丸い遮光眼鏡をかけていて、どんな目をしているかは判らない。夜中なのに遮光眼鏡をかけている事から考えて、明らかに常識的な人では無い。
「お嬢っ!!」
男の正面で、錬金術師が防護障壁を展開しながら魔杖を相手に向けている。
彼女は山田に目を向け、ほっとした表情になった。
「ヤマダ、私は大丈夫だから、急いで誰かを呼んで!」
「判りました! 頼む、召喚士様を!」
山田は羽毛竜を空に放ったが、竜は空中に羽ばたいた瞬間に姿が消えた。
「え?」
「邪魔をしないでもらいたい。命まで取ろうとは思わん。素直に防具を渡すように、そちらのお嬢さんを説得して欲しいのだがな」
羽毛竜がいつのまにか男に首をつかまれていた。竜は少しの間声をあげて暴れたが、すぐに力を失ってぐったりと体が伸びた。男が手を離すと、竜はそのままずるりと地面に落ちる。
「竜を……」
「気を失っているだけだよ。儂が命を奪うのは、儂が認めた強者だけだ」
男がいつ竜をつかまえたのか、山田にはまったく見えなかった。その気があれば、今の一瞬で山田の首をはねることも可能だったろう。
山田は警戒しつつじりじりと移動して、錬金術師のほうに近づく。
男は無表情に、邪魔しようともせずそれを眺めている。
山田は防護障壁の背面に回って、錬金術師に障壁の中に入れてもらった。
「ヤマダ!」
「お嬢、自分に強化魔法を」
山田は錬金術師から各種の強化付与をうける。
普通の相手であれば、これで十分に戦えるはずである。
(だが、こいつは普通の相手ではない)
複数の騎士団員を一瞬で昏倒させてしまう強者である。おそらく正面から戦っても勝ち目は無い。
「お互いに時間の無駄だ。そのお嬢さんの防護障壁は、儂にも破ることができん。だがお嬢さんも儂から逃げることはできん。素直に防具を渡してもらえないかね。記憶は消させてもらうが、君達の無事は保証しよう」
おそらく相手の言葉は本当だろう。だが……
山田が錬金術師に視線を泳がすと、彼女は否定の仕草をする。
「残念ですが、我が主は納得なさらないようです」
「ほう……では大事にしたほうが良いかな」
男は腕をあげて奇妙な構えをすると、一瞬だけ腕を動かした。
ちゅいん、と甲高い音が聞こえたあと、向こうのほうでドスンと重いものが落ちる音がした。
山田達が音のしたほうを見ると、ハチ公の銅像の首が切断されて頭が地面に落ちていた。男がさらに腕を振ると、ハチ公像が上からどんどん切り刻まれて金属の塊が周囲にどすどすと落ちる。残ったのは台座の下半分だけである。
「おや、大切な記念像が酷い事になってしまった」
そう言ってから男は周囲を見回す。
「この町全体が、同じような状態になったら哀しいとは思わんかね。その原因はここにいる二人にあります、と有線で国中に知らせて、あとは国民達の正義に任せるのも面白いかもしれん」
錬金術師は引きつった顔になった。山田は彼女を後ろにかばって、男に話しかける。
「……では、自分と賭けをしませんか?」
「賭けだと?」
山田は収納袋から時間計測器を取り出す。
「この目盛りが下がりきるまで、自分があなたから逃げ切ったら諦めて帰ってください」
「逃げ切れなかったら?」
「あなたが欲しいものを、我が主がお渡しします」
「約束を守る保証は?」
「お互いにありませんね」
男は少し考えていたが、やがて笑いはじめた。
「はははははは、面白い……乗ってやろう。本気でやっても良いのだろうな?」
「できれば、お手柔らかに願いたいのですがね」
山田は接触念話で、錬金術師に話しかける。
(お嬢、自分があいつを引きつけます。隙を見て防護障壁を開けて、助けを呼んでください)
(ヤマダ、大丈夫なの?)
(命を奪う気が無い、というのが本当ならばね)
山田は障壁から出て、時間計測器を手に持ったまま地面に置いた。
「では、自分がこれを手から離したらスタートです」
そう言いながら、すぐに走り出せるよう身構える。
「……3,2,1っ!」
山田の姿は、その場から消えた。




