67:怪盗、王都に現る
王都に、おそらくは高位の魔族と思われる――
―― 下着泥棒が現われた。
ここで注釈を加えておかねばならない。王都で販売されている衣服には自動洗浄の術式が付与されており、それ以外に浄化魔法というものもあるため、この国には洗濯という行為が日常において存在しない。
従って屋外に衣服が干されている事は無いのである。
この世界の下着は、地球であれば宝飾品に相当する管理状況にある。すなわち誰かに装備されているか、あるいはどこかに収納、もしくは保管されているものしか存在していない。
すなわち下着泥棒とは、地球で言えば宝石強盗にあたる行為なのである。
そして、最初に狙われたのは装備中の下着であった。
高い魔力を持つ若い女性が夜道で襲われ、下半身に装備していた局所防具を強奪される事件が連発した。被害者はいずれも水準以上の戦闘力・防御力を有していたにもかかわらず、犯人は彼女達のいかなる物理攻撃・魔法攻撃もすべて防ぎきって目的を達していた。
なおかつ被害者は一瞬のうちに昏倒させられ、しかも肉体には何一つ損傷を負わされることなく防具のみを奪い去られていた。
それは彼女達よりもはるか格上の戦闘技術を持つ者のみが為し得る、まさに神技としか言いようの無いものであった。
さらに賊は王立博物館に侵入し、警備していた騎士団員全員を瞬時に倒して展示されていた王国7大至宝の一つ「聖女のボーダーショーツ」を盗み去った。
これに至って、ついに王都騎士団が総力をあげて動き出した。
王都には緊急事態宣言が発令され、都民の不要不急の外出、および商店の夜間営業が禁止された。城郭内外への出入りは原則禁止となり、住民を集めてステータス鑑定がおこなわれた。これによって不法滞在者と違法共生体保持者が数名ずつ発見されたが、それ以外に不審な者は一人も見つける事ができなかった。
この間にも犠牲者は次々と増加していき、他者との接触を避けて自宅に籠もっていた女性が襲われて防具を奪われたり、わずかな時間だけ不在にした時に暗証番号付きの収納庫がこじ開けられて、保管していた世界的に有名な防具が盗み去られたりする事件が続いたのである。
襲われた被害者には記憶消去の術式が付与されており、犯人の種族や風貌に関する情報はまったく得られなかった。
ただ唯一、女性が襲われている現場に偶然通りかかった陸上第二騎士団の女性騎士団長の目撃によるところでは犯人はヒト型、外見的には衣服を着た初老の男性に見えたという。
その女騎士団長は犯人と交戦し、追い詰めて手傷を負わせたが最終的には昏倒させられてしまった。
用心して全身鎧の下には何も着用していなかったため防具を奪われる恥辱は避けられたが、手に付着した黒い体液から魔界の病原菌が感染し、不治の病を発症して城郭外の施設へと隔離されてしまった。だがこの件を通じて犯人が魔族であることがほぼ確定された。
山田達が王都に戻ったのは、これら一連の事件によって全御家人に緊急招集がかけられた事を知ったためである。
「はあ、やっと家に戻れた。大陸奥地から八王子村までは一瞬で移動できるのに、そこからが長かった……あー、もうこんな時間じゃないですか。王都にも転移陣を作れば楽なのに」
「その話は絶対に他人に言っては駄目よ。無許可の領域外転移は法律で禁止されているから、ばれたら動物にされるわ」
「うわ、転移もですか……人間のまま天寿を全うできるんだろうか俺」
「おぬしはこの世界の常識に疎いからのう。主人に迷惑をかけるでないぞ」
「……で、どうして召喚士様が我々より先に室内にいらっしゃるので?」
山田は、部屋の収納庫を勝手に開けてお菓子を物色している召喚士に困惑する。
「集合住宅内に部外者は入れないはずですし、この部屋にも侵入防止結界と防犯の術式がかけてあったはずですが」
「わしに入れぬ場所など無い。お、美味そうなものがあるのう。食べても良いか?」
山田が錬金術師に視線を送ると、諦めた様子で承諾の仕草が返ってくる。
「ご遠慮なくお召し上がりください。入国審査は問題なかったのですか?」
「魔族の盗賊とか、なかなか面白そうじゃからな。わしの屋敷には娯楽が無くて暇なのじゃ」
「……入国審査は?」
召喚士は山田の問いかけを無視して、太いスポッテッド・ディック(訳者注:イギリスのお菓子)を奥から引き出すと小さな口にくわえた。
「お屋敷のほうは、お留守にしてもよろしいのでしょうか」
「留守はジャコウネコ獣人のシベットちゃんに頼んでおひた。暗殺者検定一級じゃから、彼女にまかへておけば心配はあふまい。豚鬼の群れ程度なら瞬殺できふし、いざとなへば番龍もおるひの。むぐむぐ」
「食べるか話すか、どちらかにいたしましょう。というか普通はそれ、切って食べるんですが」
山田はため息をつきながら湯を沸かし、熱い白茶を入れて召喚士に渡す。
ちなみに白茶とは、原料をほんのわずかだけ発酵させることによって果実に似た香りを引き出した淡い色の茶で、製法が難しいため地球での流通量はごく僅かである。この世界ではカンナビスという草の雌花の花序が原料に使われている。
錬金術師は戦闘用の魔杖を装備して、召喚士に話しかける。
「私は騎士団の番屋に行って、最新情報を聞いてこようと思います。召喚士様はどうなさいますか?」
「戒厳令中に(原注:戦中世代はこういう言い方をするが、正確には緊急事態宣言と戒厳令は異なる)年端のいかぬ小娘が歩き回っていたら補導されてしまうからのう。わしはここで報告を待つゆえ、面白そうな事があったら呼べ」
「承知いたしました。ヤマダ、あなたはここで召喚士様のお相手をして」
「え、お嬢、お一人で大丈夫なのですか?もし通り魔に襲われたら……」
実は私が囮になって犯人を誘き出す計画があるの、と言ったら山田が絶対に引き留めると思ったため、彼を安心させるように錬金術師は明るく微笑んだ。
「たとえ上級魔族でも、私の防護結界を破れるような存在は数える程度だから心配しないで」
「でも、いないわけじゃないですよね? 現にここにも一人」
山田は横目で召喚士のほうを見る。
「まあ、錬金術師殿の結界強度なら準魔王級の者が来ぬ限り、助けが来るまで持ちこたえられるじゃろう。犯人は命を奪う気が無いようじゃから、最悪の場合でも防具を盗まれるだけじゃ。
ああ、ここに防具を脱いで置いていくという選択肢もあるかのう。山田に渡して持っておいてもらえば」
「……装備していきます」
残念そうな、もとい心配そうな顔の山田を残して、錬金術師は夜の町へと出かけていった。




