66:男女の仲の難しさ
錬金術師のことをどう思うか、という召喚士の問いに山田は答えた。
「……日本には『男女の釣り合い』という言葉がございます」
「釣り合い?」
「優れた女性が、社会的に下位の男性と一緒になると、その女性は周囲から軽蔑されてしまうのです。
『あの程度の男にしか相手してもらえないのか』『趣味が悪い』と」
「しかし、付き合う事を掟で禁じられておるわけではないのじゃろ」
「それはそうなのですが」
山田は一旦、言葉を切る。
「……地球ではパートナーの社会的地位というものが、ステータスの一つになっております。ですから、地位の低い男性と一緒になる……それは女性の価値を下げてしまう事になります。その価値観に、自分は今も縛られております」
「おぬしが手を出せば主人の値打ちが下がる、と思っておるのか」
「錬金術師様は、どこかの貴族に嫁がれてもおかしくない方ですから」
召喚士は、ば~~~っかじゃねーのこいつ、という顔になった。
「はあぁ? 誰か別の男に輿入れして欲しいのか? おぬしはそれを見て興奮する寝取られ願望のある特殊性癖か?」
山田は召喚士の言葉に対して思わず何か言いかけたが、悔しそうな顔をして下を向いた。
「……自分は、生まれつき山田です。魔力の乏しい、虫以下の男です」
「自己肯定感が低いのう」
おいこら、これはさっきあんたが言ったんだろ、と内心で突っ込みを入れつつ山田は召喚士に尋ねた。
「……自分が、錬金術師様よりも魔力量が多くなる事は不可能なのでしょ……」
「無理じゃな」
「いや待って、そんな言い終わる前に否定しなくても」
「そんな簡単に魔力量が上がるなら皆やっとるわ。おぬし、錬金術師殿の魔力量を知っておるのか?」
「いえ……99999ぐらいですか?」
「約500万じゃ」
「ごひゃ……」
「一日に使える限度魔力がそれぐらい、一年で約18億の魔力を使える」
「年収18億……」
「加えて王国の俸禄が年200石、魔力量換算で2億。合計20億じゃ」
「長者番付で言うと、ソ○トバンクの副社長の年収ぐらい」
「頑張ったら超えられると思うか?」
山田はふるふると首を横に振った。ちなみにこの世界では意味不明の行動である。
「おぬしが選べるのは、素直に錬金術師殿の伴侶奴隷になるか、どこかの貴族に主人がさらわれていくのをただ見ているか、二つに一つじゃ」
「…………」
「もしも、の話じゃが、錬金術師殿に断れぬような輿入れの話があって、『二人とも一生追われる身になってしまうけれど、ヤマダ、私をつれて逃げて!』とか言われたら、おぬしはどうする」
「ええええええええっ!!!! まままま、まさかそそそ、そういう縁談がががががっ!!!」
「鼻水を出すな、そんな話は無い」
「うへぇぇぇ……脅がざないでぐだざいぃ」
召喚士は顔をしかめながら山田に浄化の術式を付与し、話を続ける。
「……しかしまあ、負い目や引け目というものがあると、男女の仲が難しくなる事は間違いない。
とはいえそこに必ず亀裂が生まれるというものでもないし、大きな溝があってもそれを埋めて、堅固な間柄になれる場合もある。
かと思えば、ほんのささいな亀裂が時間と共に広がって、やがて音を立てて砕け散ることもある。おぬしが自分で選んだ事でも、その結果を後悔せずに済むかどうかは最後まで判らん」
「……召喚士様は、いったい自分に何をさせたいのですか」
そう言われた召喚士は真面目な顔になると、山田の問いに答えた。
「いや、別に何かさせようとは思っておらん。いじって反応を見て遊びたいのじゃ。暇じゃから」
山田はものすごく複雑な顔になった。召喚士は哀れむような目で山田を見る。
「おぬしが貴族の跡取りであったなら、何の問題も無かっただろうにのう」
「……貴族の……」
召喚士は眉をひそめながら言葉を続ける。
「この世界に生まれた者は、餓えて死ぬような事はほとんど無い。病になっても捨て置かれるような事は希じゃ。余所の世界から見ればとてつもなく恵まれた場所だと言えるじゃろう。
……しかしのう、生まれついての不平等というものは確実に存在しておる。
基礎魔力の多い、少ないは自分自身では決められん。生まれてくる時に自分の親を選ぶこともできぬ」
「自分の……親」
「親が貴族であれば、その跡取りは家庭教師を雇って鍛えてもらうなり、高価な魔術アイテムで強化してもらうなりして、能力値の低いボンクラでも世間の目を誤魔化せる程度のステータスを親から与えてもらえる。
そうすれば、あとは親の地盤を引き継いで、何も考えずにお飾り領主になれば良い。優秀な家臣団に支えられて、利権で蓄財し、魔力の高い嫁なり婿なりを何人か探して領地防衛させ、自分はハーレムで好みの美形達といちゃつきながら一生遊んで暮らす。なんとも気楽なものじゃ」
「それが……貴族という存在ですか」
召喚士は肯定の仕草をする。
「名目的には領土の世襲というものは推奨されておらぬし、準勇者級の実力があれば誰かの地盤を奪い取ることも不可能では無い。
しかしのう、既得権集団に個人が打ち勝つのは容易ではない。貴族の寵愛を受けて一門に加わり、その中で成り上がりを目指すほうが現実的じゃ。新天地で自分の領地を作ろうとする者もおるが、新規起領の9割9分は魔物に滅ぼされる。
……そして親にも恵まれず、貴族に声をかけてもらえるほどの魔力も権能も才能も持たぬ者はほとんどの場合……」
「……どうなるのですか」
「一生涯、奴隷のまま終わる。自室まで出張してくれる女淫魔だけを相手にして、何もせずゴロゴロしながら子孫を残さずに死んでいくのじゃ」
――だがその境遇でも、地球の基準で言えば天国だ――
山田はそう思った。もし自分だけの話なら一生奴隷であっても不満は無い。
しかし貴族の誰かが本当に錬金術師に求婚してきたら、奴隷である自分はどうするだろうか。ただの従僕として主人の縁談を応援するのか。それとも……
その思考は、迷宮入り口の扉が突然開かれたことによって中断された。
「た、大変でございます!」
そこには息を切らした錬金術師の姿があった。
「何じゃ、騒々しい。また豚鬼の群れでも現れたか」
錬金術師は顔を引きつらせながら、召喚士に答えた。
「王都の市街区に――魔族が現われました」




