64:ハーレム要員の資質
錬金術師は、ぽつりと言った。
「……怖いのです」
「何がじゃ」
「……殿方は、自分より強い者の存在を嫌います。殿方よりも魔力量が多い、戦闘力が高い……そういう女性はただの上司か、さもなければ母親代わりの保護者にしかなれません。一人の女として見てほしい、と言ったら、自分より偉そうな女は嫌だ、という答えが返ってくるでしょう」
「ふむ……」
召喚士は少し考える様子を見せた。
「好かれようと思うならば、殿方に対して、さすがです、しびれます、すごいです、と常に褒め続け、何かする時はわざと失敗して、自分は弱くて頭が悪いという振りをしなければなりません」
「それは偏見……とも言えぬかのう。確かにどこの世界でもハーレム要員に選ばれておるのは、そういう感じの女子が多いような気がする。その性格が演技なのか素なのかは知らんが」
「私には……そのような器用な振る舞いはできません。……ですから……」
「もし主従という関係を崩してしまったら、あやつとどう付き合って良いのか判らなくなる、というわけか」
「…………」
召喚士は空中から携帯寝椅子と遮光眼鏡を取り出し、屋外日傘の下に寝椅子を置いて横に寝そべった。
「が、おぬしが想定しておる男性像というのは、そやつが戦闘職の場合じゃな」
「戦闘職……でございますか」
「戦闘職は一番強い者がリーダーとなって戦う種族ゆえ、群れの中で誰が上か序列を決めておかぬと情緒不安定になる。
他人がいれば戦いを挑んで上下の力関係を決めたくなる。自分より上にいる者は弱みを見つけて引きずり落とし、下の者には何か命令して従う様子を見て安堵する。そういう生き方の者は伴侶が自分より下の存在でなければ気分が良くない」
「……やはり、偉そうな女は嫌われますか」
召喚士は、今度は掛け布を取り出して体の上に乗せる。
「一方で、おぬしは研究職じゃ。
学究者が求めるものはヒトの群れの中での上下関係ではなく、この世界の真理であり新しい情報じゃ。より真理に近く、より正確な情報を持つ者が現れればそれを喜び、正しき者を応援するマゾい職業じゃ」
「え、被虐的でしょうか? 正しい者を応援するのは当然の事なのでは?」
錬金術師は怪訝な顔をした。
「ああ、それじゃよそれ。それを当たり前だと思う感覚が戦闘職とは根本的に合わん。
戦闘職の者は自分に対する異論を敵対行動と認識し、反射的に戦いたくなる。
それなのに学者はそういう気持ちを理解せず『正しい在り方』というものを一方的に押しつけてくる。
自分が正しかろうが正しくなかろうが、それは戦闘職にとってはどうでも良い事なのじゃ」
「どうでも良い……正しくなくても良いと」
召喚士はとまどう錬金術師に対し、寝たまま言葉を続ける。
「戦闘職はな、何かを見たり聞いたりした時に瞬間的に反応せねば命を落とす。何も考えずに反射的に行動できる者だけが、生き延びて子孫を残してきたのじゃ」
「何も考えずに……」
「相手が言った内容を吟味していれば、その分だけ反応が遅れて自分の命が奪われる。直感的に不快に感じた相手は正義であろうが悪であろうが敵即斬、それが戦闘職にとって生き延びるための最適行動じゃ。
それゆえ仲間の発言は即座に『自分もそう思う~~』と全肯定して味方認定を受けぬと背中から斬られる。そして敵認定した相手の言葉は考える前に全否定し、味方を集めて徹底的に潰し排除する。
そういう行動に疑問なく同調できる者でなければ物理的な集団戦に加われぬし、加わる資格が無い」
そう言われた錬金術師は難しい表情である。
「つまるところ物理戦闘職の世界では、考える前に仲間達と一緒に行動できる無思考協調力が、考えて最適行動を選ぶ分析力よりもはるかに重要なのじゃ。
そういう『何も考えていない者』の生存を脅かす相手が一人も存在せぬ世界、それが戦闘職にとっての理想郷じゃ。そして仲間から同意を与えられ、敵と戦って勝ち続ける暮らしが生きる悦びとなる。
立ち止まって考えながら『正しい道』を探し求めようとする者とは異なる生存戦略を採用しておるゆえ、人生において探し求めている物語もまったく異なる」
召喚士はあくびをしてから、遠くにいる山田のほうを見た。
「あの男には他人に勝ちたいという意欲が欠けておる。戦いのある世界では落伍者であり社会不適格者じゃ。
しかし勝ち負けに興味が無い者は、弱者を見下す感性がなく、強者を見ても劣等感を感じぬ。自分より優秀な女子であろうが無かろうが、あまり気にならぬのじゃ」
「…………」
「まあ今後の関係発展は、錬金術師殿の出方しだいじゃろうな」
「わたくしの……」
「あやつは乙女ゲームであればどう見てもただのモブ、普通に考えれば攻略対象に選ぶようなキャラでは無いのじゃが……」
――おぬしの良き伴侶、というエンディングもあるかもしれんぞ?
しかしその言葉は発せられることなく、そのまま召喚士はすやすやと寝息を立てはじめた。
山田はそんな会話を何も知らないまま、いつまでもレッドローチの群れに体を舐め回されて悶えていたと伝えられている。
そして、山田の怪しい修行は翌日へと進む。
そこに待ち受けていたのは、召喚士が操る実体魔獣との激しい戦闘訓練であった。




