63:迷宮の魔物達
迷宮魔物。
それは一見したところ地上の魔物と区別がつかない。しかし、それは生物ではない。迷宮という特殊な魔力空間内で魔石を核とし、魔力によって具現化された疑似生命体である。
攻撃して一定の損傷を与えると、魔石のみを残して青い光とともに分解消滅する。
また、魔石が残されている場合はそれを核とし、その場の環境に合わせた種族となってふたたび発生してくる。
迷宮主の意思によって出現数を調節することが可能であり、また本当の生物ではないため倒しても罪悪感や嫌悪感などが比較的少ない。そのため迷宮魔物は初心者の戦闘訓練相手として最適であった。
そして山田の前に現れたのは、錬金術師も名前すら聞いたことのない、どこの世界の魔物が原型になっているのかも判らぬ怪生物の群れである。
ジャイアントミルワーム。
フローズンピンクマウス。
フェニックスワーム。
ツースポットクリケット。
リビングレオパゲル。
ウォーキングリックゼリー。
ベビーブラインシュリンプミニキューブ。
いずれも攻撃力はそれほどでもない低級魔物であったが、錬金術師の支援を禁止されてしまった山田にとっては、どれもが恐るべき強敵であった。
大人の体よりも大きなジャイアントミルワームに片足を食いちぎられ、黒い津波のごとく押し寄せる凶暴なツースポットクリケットの群れに全身をかじり散らされた。
山田は道具屋の主人が彼のために打った、専用の片刃剣を必死で振るって襲い来る敵と戦った。幾度となく死の寸前まで追い込まれ、体力回復の薬草を山ほど使ってかろうじて生き延びた。ちなみに山田の体力値だと瀕死の状態でも薬草だけで全回復する。
だがその修行によって、山田はみるみるうちに位階を上げていった。
基底攻撃力や防御力も初期値の10倍ほどに高まっていたが、特筆すべきは魔力関連値の急速な増大であった。
山田の魔力量は、すでに初期数値の100倍以上になっていた。
さらに平行して錬金術師が貸し与えた魔道書を読んでその内容をただちに理解し、そこに書かれている6属性すべての魔法を習得していた。
「それにしても、6属性の魔法適性がすべて同等とは……そのような者、わしは今まで見たことが無い」
「召喚士様ですら、ご覧になったことが無いと?」
「うむ、無属性の者でも、普通は何か一つぐらい得意な属性があるものじゃが……あやつはどの魔法の威力も似たり寄ったりで、なんというかこう、均等に微妙ぅ~~に低い。覚えだけは早いが、器用貧乏と言うやつか?」
召喚士はそう言って首をかしげる。
「ですが、たとえ威力は微妙でも、全種類の魔法が使えるようになったのは召喚士様のお力添えをいただいたからでございます。
ヤマダはすでに私が貸し与えた『はじめてのまほう』に載っている呪文を、すべて覚えるに至りました」
「では明日から『一年生のたのしいまほう』に進めるのう。あやつは魔法関係に関しては、王国初等学校の新入生と同程度にまで成長した。戦闘力もせめてその程度までは底上げしたいものじゃが」
その会話がされている草原の向こうで、山田はハウスクリケットに頭を囓られて悲鳴をあげていた。
「……『すばやさ』が足りないと、相手に魔法を当てることもできぬしな」
「……お言葉のとおりでございます」
錬金術師は、あああ、と実際に声には出さなかったが、座っていた緋毛氈から立ち上がって、心配そうに山田の様子を見ている。
「まあ、『復活の腕輪』を貸し与えてあるゆえ、1回までは死んでもセーフじゃ。緊張感が無くなるので、あやつに効果を教えてはおらんが」
召喚した「生ける茶釜」から湯を汲んで点てた抹茶を飲みながら、召喚士はのんびりとした口調で錬金術師に語りかける。
「……ええ、判ってはおりますが、やはり心配で」
「錬金術師殿、甘やかしすぎるのも虐待じゃぞ」
「は、仰せの通りで」
「まあ座れ。もう少し落ち着いて、茶でも飲め」
錬金術師に茶器を渡し、チュパカブラの形をした干菓子をぽりぽりとかじりながら召喚士は唐突に言う。
「おぬし、祝言をあげる(訳者注:結婚式をする)気は無いのか?」
錬金術師は抹茶を吹いた。
「あわわわわ、失礼いたしました。今すぐ浄化を」
こぼれた抹茶を浄化する錬金術師に、召喚士は言葉を続ける。
「おぬしの魔力量ならば、どこの貴族でも喜んで嫁にするじゃろう」
「あ、そ、そういう話でございますか……いえ、私は誰かに嫁ぐ気持ちはございません」
「男が嫌いなのか」
「研究のほうが好きなだけでございます。それに、私の魔力量ではご貴族様方の正室(訳者注:第一夫人)にはなれませんし、大勢のご側室様方と仲良くやっていく自信もございません。
……初代勇者様のように、私ただ一人を選んでくださる殿方がおられれば、考えなくも無いのですが」
「ああ、ヤスヒコ様か……あのように一途なお方は、どこにもおらぬかもしれんのう」
召喚士は遠い目をして、寂しそうに笑ってから言葉を続けた。
「山田とは、深い仲になってはおらんのか?」
錬金術師はまた抹茶を吹きそうになって、必死で押さえて飲み下した。
「……いえ、私共はあくまで主従の関係でございまして、げほごほげほ」
「魔力の多い女子であれば、何人も執事を侍らせて逆ハーレムを作っておる者も珍しくは無いぞ」
「ごふごふ……うー……情人が何人もいたら、悶着の元でございます」
「お固いのう。まあ山田一人ならば、問題は無いと思うが」
錬金術師は困った顔になって、少しの間、言葉を切ったあと再び話しはじめた。




