60:そして朝食の時間
その日の夜、山田と錬金術師は居間で一緒に寝床を敷いて並び、いろいろな意味で気分的に眠れぬ夜を過ごした。
しかし彼らはさまざまな会話をしたのみで、関係的には何一つ進展しなかったため描写は割愛する。
というか二人でこういう事件を体験すれば、いわゆる「吊り橋効果」でその晩には色々と怪しくなるのが普通ではないのか。何をしているのだ山田。
というわけで翌朝である。
山田は錬金術師に朝食を用意していた。
「タピオカを作ります」
「たぴおか?」
「芋澱粉で作った食べ物です。甘いものと、チーズ的なものを入れた塩味がありますが」
「私は塩味で」
「わしは甘いほうが良いの」
「……召喚士様、どうしてここにいらっしゃるのですか」
「わしの屋敷にわしがいて、何か問題でもあるか?」
「いえ、ございませんですね。はい」
山田は収納袋から設営用の携帯焜炉を取り出し、持ち手のついた黒鉄の平鍋を熱する。
平鍋の中に、湿らせた芋の粉末を一面に敷き詰める。
火が通るにつれ、澱粉は一体化して一枚の柔らかい膜になる。
かすかに焼き色がつくかつかないかの焼き加減。すかさずその上に果実の砂糖煮、豆乳脂肪から作ったとろとろの加工食などを乗せ、端のほうから半分に折って包む。
それを手早く皿へと移し、庭先から採った香草や赤い小果実で飾って完成である。
「召喚士様、どうぞ」
「これがタピオカというものか」
「ブラジルという国で、そう呼ばれている国民的軽食でございます。コーヒーがあると良かったのですが」
「コーヒー? それならあるぞ」
召喚士様という呼び名が固定化した金髪少女は、空中から布袋を取り出した。
「ヤスヒコ様が臣下に命じて探求させたものじゃ。ヤスヒコ様ご自身は、栽培が軌道に乗る前に身罷られてしまったが」
山田が袋の中身を調べると、その中には地球のコーヒー豆によく似た黒い豆がつまっていた。
「……この世界の豆ですか? 香りは完全にコーヒーですね」
「煎ってあるから、そのまま食べられるじゃろう」
「は? ……あの、こちらの世界では、このままお召し上がりになるので?」
「違うのか? 香りは良いがジャリジャリして美味くないので、地球人は妙なものが好きなのだな、と思っていたが」
「これは湯で煮出して、上澄みを飲むのです。……お嬢、申し訳ありませんが、今から絵に描く品を錬成していただけませんか。召喚士様は、タピオカが冷めぬうちにお召しあがりください」
「そうか、では先にいただこう。……ほう、こへはモチモチしていて食感がふぁまらんのう。むぐむぐむぐ……おおこれは、むっちりした熱々の生地の中から甘酸っぱい果実と、トロっとクリーミーな脂肪が一緒になって口の中にちゅるっと、あっふはふほふむぐ」
山田は錬金術師の魔法で中挽きに砕いてもらった豆を、布製の漉し袋に入れる。そして細口の湯沸かしを使って粉全体に含ませるように丁寧に湯を注いだ。
少し置いて蒸らしたあと、少しずつ湯を足して抽出する。取っ手のついた異世界風の硝子瓶の中に、香り高い黒い液体が貯まっていく。
山田は見た目には執事姿の美青年なので、中の人のことを考えなければ、たいへん絵になる情景である。
山田は取っ手付き湯飲みに少量の液体を注ぎ、味見をする。
「おお……これは……」
「味はどうじゃ」
「独特の香味があります。地球の麝香猫珈琲というコーヒーに似ております」
「こぴ・るあく?」
「コーヒーの中で最も高価なものの一つです」
「そうか、これは森に住んでおるジャコウネコ獣人の若い娘が、一族に伝わる秘伝の製法で作ったものだそうじゃ」
「え……ジャコウネコのフレンズが? ……もしかして製法も同じなのだろうか……」
「何か問題でもあるのか?」
「いえ別に。たいへん美味でございます。召喚士様、どうぞお召し上がりください。お好みでお砂糖と錬成脂肪を」
召喚士は砂糖と脂肪で味付けしたコーヒーを飲み、ふむ、と目を見張る。
「なるほど、悪くないのう……山田とやら、タピオカを追加じゃ。今度は塩味を」
山田はタピオカを再度焼いて、今度は塩漬け肉の燻製、半熟に焼いた卵、豆乳から作った熟成塊などを乗せて折りたたむ。
召喚士は甘味と塩味のタピオカを交互に食べ続け、コーヒーも追加しながら全部飲み干すと満足げな顔になった。
「うむ、まともに食事などしたのは何十年ぶりじゃろうか。美味であった。
錬金術師殿、おぬしがこの男を側に置いておく理由が判った」
「恐縮でございます」
錬金術師は召喚士に服従の姿勢を見せたあと、そっと山田の手にふれた。
(ヤマダ、私の分は?)
(申し訳ございませんお嬢、もう材料がありません。まさか10枚もお召し上がりになるとは思わなくて)
(……ううう、私のタピオカ……)
(あああ、王都に戻ったら材料買いに行きますから)
召喚士は口の周りについた汚れを浄化すると、おもむろに立ち上がった。
「ふむ、では修練の場へとおもむくことにしよう、山田よ」
「森の中でございますか」
「いや『勇者の迷宮』と呼ばれる、魔法で作られた空間じゃ」
「めいきゅう?」
山田は聞き慣れぬ言葉にとまどった。
錬金術師が横から口をはさむ。
「召喚士様、それは私が一度も名前を聞いたことのない迷宮でございます。そのような場所がこの近くにあるのでございましょうか?」
「屋敷の中じゃ。ヤスヒコ様が仲間達の修行のためにと、休日をつぶしてお創りになられた自家用迷宮じゃ」
「自家用」
「ほれ、そこに入り口がある」
召喚士が指さした部屋の隅には、扉のついた縦長の大きな白い箱が置かれている。
山田は思わずつぶやいた。
「……それ、冷蔵庫じゃなかったんだ……」




