59:のじゃロリの館
(お嬢、この人、いったい誰なんですか?)
(知らないわよ、私だって初めて会ったんだもの)
(偉い人なんですか?)
(誰だか判らないけど、龍を愛玩獣にしているような存在が、ただのヒトのわけがないでしょう?)
(確かに)
山田と錬金術師は手をつないで、少女に聞こえぬよう接触念話で会話を続ける。
傍目には、山田が錬金術師の手を取って森を散歩しているようにしか見えない。
少女が歩いていくと、美しい花を咲かせている森の肉食樹や殺獣草が、わさわさと動いて自ら道を空けていく。山田達はその後につき従う。
少し進むと森が開け、日の差し込む草地に小さな家が建っていた。
木造二階建て。錬金術師にとっては見慣れぬ建築様式である。
(うわ、何これ、すげぇ昭和の臭いがする……死んだ婆ちゃんの家に似てる)
(ショウワの臭い?)
しかし錬金術師の鼻には、玄関先に植えてあるラバンデルの花の甘い香りがかすかに感じられるのみである。
「入るが良い」
少女は玄関を開け、土間で履き物を脱ぐと家の中に上がった。
山田達はそれに続く。
彼らが通された居間には、布で縁取りされた、色が変色しかけた草編みの四角い敷物が隙間なく敷き詰められていた。
少女は丈の低い四本足の丸い木製机の向こうで、背筋を伸ばして座布団の上に座っている。その容姿は美しく凜とした気品に満ち、なおかつ場を圧するような覇気を放っている。山田達は敷物の上に平伏して、少女の言葉を待つ。
「面を上げい。堅苦しいのは好まぬ」
少女の言葉を受けて、山田達は身をおこす。
「白物の冷蔵庫にブラウン管テレビ、カレンダーは……平成7年8月」
山田はブツブツと独り言を言いながら、こっそりと周囲に目を配っている。
「この屋敷はな、初代勇者ヤスヒコ様のご実家を再現したものじゃ」
「……日本の建築様式を、驚くほど忠実に再現しております」
山田の言葉に少女はうなずく。
「ヤスヒコ様のご記憶を読み取って、それに基づいて錬成されたものだからな」
少女は感慨深げに、部屋の中を眺めた。
「ヤスヒコ様は、ずっと日本に戻りたがっておられた。ご自分の家に、部屋に戻って、ご家族とまたお会いになりたいと」
「……でも、お戻りにはなれなかったのですね」
「異世界に渡るためには、強大な魔力を持つ者に導いてもらわねばならぬ。だが、地球には」
「……そもそも魔力というものが存在していなかった」
錬金術師の言葉に、少女は肯定の仕草をした。
「そのお寂しさを少しでも癒やすために、ヤスヒコ様の別邸として創られたのがこの屋敷じゃ。今はわしが管理人をしておる」
そして少女は、山田のほうを見て言った。
「そこの男、おぬしは故郷に戻りたくはないのか?」
いきなり話を振られた山田は、とまどいながらも答えた。
「え、あの、自分が日本を離れた後に、その後の世界がどんな状況になったのか、ものすごく知りたいとは思います。ですが、戻りたいかと言われると、あまり戻りたいとは思っておりません。自分はこの世界が……」
山田は錬金術師のほうを横目でちらりと見て、言葉を続ける。
「……好きになってしまいましたから」
少女は、ふむ、と言って少し言葉を切った。
「……この世界を気に入ってもらえたのは何よりじゃ。それはそうと、最初の話に戻るが、おぬしらは何者で、どこからどうやってここに来た?」
錬金術師は恐れおののきつつ、今までの事を正直に語った。誤魔化そうとしても偽証看破をかけられて、嘘をついた罰で灰にされてしまうと思ったからである。
「歴史的に興味があっただけで、けっして初代勇者様の財宝を私物化しようとか、そのような意図があったのではございません」
「おぬし、財宝とか言うが」
少女は眉をひそめながら言った。
「そのようなもの、ここには無いぞ。ヤスヒコ様のご遺品は、みな東大寺院の宝物庫に納められておる」
「え、伝承では初代勇者様は、八王子村の円陣に、ご自分が何よりも大切になさっておられるものをお隠しになられた、と」
「おそらくガセ情報じゃの。あれはここに来るための転移陣にすぎん。この屋敷は……ヤスヒコ様の安息所ではあったが、何よりも大切と言うほどではあるまい。
寝台の下に隠してあった本だけは、あとで見つけて公開をはばかられる品だったのでここに残しておるが、あれが財宝だとも思えぬしのう。ヤスヒコ様ご自身も、最後まで存在に気づいておられなかったようじゃし」
「本?」
「地球でお読みになっておられた愛読書らしい」
聞いていた山田は、あー、という顔をした。
「……『ベッドの下の本』という言い回しは今で言うと『パソコンの偽装フォルダ内の動画』に相当するのかな」
「男、おぬし何か言ったか?」
「いえ、記憶からそこまで再現してしまう魔法技術に感服いたしました、と」
少女は、少し考える様子を見せながら言った。
「転移の音声符牒は、日本人ならば判るように意図的に設定したと聞く。おそらくヤスヒコ様は、自分と同郷の者が転生してきた時には、この屋敷を安息の場に使ってほしいとお考えだったのであろう」
「え、では……」
少女は錬金術師に向かって言った。
「この男と、その飼い主であるおぬしに限り、ここへの出入りを許可しよう」
山田は思わぬ展開に目を白黒させた。
錬金術師は少女に対してふたたび平伏する。山田もあわてて一緒に平伏する。
「召喚士様、ご寛大なお言葉、感慨の極みにございます」
「やめい。堅苦しいのは嫌いだと言ったであろう。あー……おぬし、名は何と言う」
「エド王国の宮廷錬金術師、ファナ・コサンと申します。こちらは研究助手のヤマダでございます」
「そうか、錬金術師殿、しばらくこの屋敷に滞在するがよい。王宮の責任者には、わしが連絡の使い魔を送っておこう」
その言葉を聞いて、錬金術師はあわてた。
「召喚士様、王都には結界がありますので、許可なき者の使い魔は入れませぬ」
「案ずる事は無い。古参の使い魔はヤスヒコ様のご勅許を受けておるゆえ、人類圏全域、たとえ将軍の寝所であろうともフリーパスじゃ」
「……召喚士様は、初代勇者様とはどのようなご関係で」
少女は錬金術師の問いには答えず、曖昧に笑って言った。
「わしが明日からその男を鍛えてやろう。わしはブリーダーとしてだけでなく、トレーナー歴も長いのじゃ。案ずるな、死なせる事はせん。死なせる事は、な」




