57:青い巨龍は男子の憧れ
錬金術師は焦った。少女はおそらく、初代勇者の財宝を守る守護者であろう。
もし自分達は宝物を探しに来た、などと答えたなら、次の瞬間には龍の胃の中である。
どう返答したものか、と考えを巡らせる錬金術師の後ろで、山田がぼそっとつぶやいた。
「凄ぇ……青い炎龍なんて、この世にいるんだ……」
その言葉を聞いて、少女がぴくりと眉を動かす。
「……その後ろの男、今何と言った?」
錬金術師があわてて山田のほうを振り返る。
山田はいきなり自分に話を振られ、驚いて固まった。
「いやあの、すすす、すみません、本物の炎龍なんて初めて見たもので」
「……おぬし、氷雪龍というものを知らんのか?」
「いえ存じてはおりますが、こ、この子は、炎龍ですよね?」
「なぜそう思った。炎と一緒に出てきたからか?」
「あの、いえ、そうではなくて……」
山田は助けを求めて錬金術師のほうを見る。
彼女は無言で、いいから答えなさい、という仕草をする。
「……上顎の魔力感知窩が一対しか無いですし、喉の逆鱗に線状隆起と鱗孔があるので……」
「だが色が青いぞ?」
「えーとその、違うかもしれませんけど、赤色素欠失無斑紋の子なのかなー、と」
少女は、何なんだこいつ、という目で山田を見る。
「……加えてアザンティックでもある」
「えええええっ! ではトリプルリセッシブですか?」
「ドラゴンレイスの場合、パターンレスはリセッシブではなく俗に言うコ・ドミナントだがな」
「まさかワイルドコートじゃないだろうし、どこのファームですか?」
「わしのオリジナルモルフじゃ。各形質のヘテロからクロスブリードした」
「ええええ、ででで、ではワイルドテイムからラインを立ち上げたと?」
「いかにも」
錬金術師は、山田と少女が何を話しているのか、聞いていても内容がまったく理解できなかった。どこの世界の何語なのかも判らない。
しかし山田が命の危険も忘れて、本気で興奮しているらしいことだけは判った。
凄ぇ凄ぇ、この神々しさはもはや神、拝むしかない、と鼻血を流しながら拳を握りしめて力説する山田。その様子からは、命乞い、あるいは単なるお世辞で言っているのではない事が見てとれた。
どう見てもただの怪しげなマニアの言動である。
そして少女は無反応を装っていたが、明らかにさきほどまでと様子が変わっていた。
おぬし、なかなか物が判っているようだな、という表情でしだいにドヤ顔が隠せなくなってきた。鼻の穴が大きくなって、すぴーすぴーと音を立てている。
「……ふん、初見の奴を勘違いさせて全滅に追い込むのが楽しいのに、一目で正体を見抜かれるとはな。おぬし、なかなか面白い男だの。生き餌にするのはひとまず保留にしておこう」
少女は再び魔法陣を出現させると、青い龍を帰還させた。
え? もう帰っていいの? と首をかしげながら、龍は光の中に消えていった。
「うへえ、本物の魔法陣召喚って初めて見ました……これも初代勇者様が伝えた、日本文化の一つですか?」
山田の無邪気な質問に、錬金術師は目を丸くした。
異世界7大魔法の一つ、魔法陣召喚。それは山田の言葉通り、初代勇者が日本から伝えたものであった。
地球の西洋魔術にも召喚術は存在しているが、それは術者の周囲に防護魔法円を描いて防衛結界を張り、結界外の何も無い場所に対象を召喚する儀式である。
魔法陣の中から魔物が現れる様式は日本で独自に考案されたものであり、日本文化圏か、その影響をうけた異世界でしか使用されていない。そもそも「魔法陣」という呼び名からして発案者の造語なのである。
しかしこの世界では長い年月のうちに魔法陣の来歴が忘れられ、その起源を知る者はほとんどいない。
また、それはごく一部の者しか使えぬ秘術であり、山田の情報権限では「魔法の鏡」を使って調べても名前すら出てこないはずなのである。
ところが山田は魔法陣召喚というものを知っており、しかも初代勇者と関係がある、と看破した。その事に錬金術師は驚いていた。
そして少女もまた、山田の言葉を聞き逃さなかった。
「……何故それを知っておる。おぬし……もしや日本人の転生者か?」
「え、いやその、えーと」
錬金術師が承諾の仕草をするのを見て、山田は言葉を続ける。
「ええその、よく判りませんが、転生者……らしいです」
「ほほう、おぬしが本当に日本人だというならば……魔法陣召喚を考え出した者の名前を、当然知っているであろうな? さあ言ってみるが良い」
錬金術師は思わず聞き耳を立てた。それは彼女が把握していない情報だったからである。
冷たい目で疑わしげに山田を見つめる少女。
「どうした、答えられぬのか?」
彼女の問いに山田はとまどいながら答えた。
「あ、いえ、日本では子供からお年寄りまで、その名を知らぬ者がいないほど有名な方です。自分はご存命中に、お会いしてサインをいただいた事があります」




