56:絵にも描けないおぞましさ
*今回はエロ及びグロ、死亡描写があります。重要回なので読み飛ばすと話の意味が通じなくなるのですが、苦手な方は一回パスして次話にお進みください
山田は絶望に満ちた顔になった。上空には皮翼竜、周囲には魔物の群れ。故事に言うところの前門のクァール、後門のイクストルである。
「あああ、あの、もし死んでも生き返れるんですよね?」
「誰かが蘇生手続きをしてくれれば、ね」
「……誰か、というと」
「私が死んだらヤマダ、ヤマダが死んだら私」
「二人一緒に死んだ場合は」
「たぶん、そのまま行方不明という扱い。『冒険者の書』は、一年以上情報更新が無いと除籍されて、もう二度と復活させてもらえない」
「うわあああああ」
錬金術師は、周囲に防護障壁を展開した。
「中位の魔物なら、全周障壁で攻撃を防げるけれど……」
「……けれど?」
「こっちも身動きがとれない」
錬金術師は、お手上げだ、という仕草をした。
「あの、自分が強化魔法をかけてもらって、お嬢を背負って敵中突破するというのは」
「おそらく可能ではあるけれど、どっちの方向に逃げるの?」
「……町の方角も、距離も判らないですね」
「途中に強大な魔物もいるし」
「どどど、どうすれば。ああああ、そう言っている間にもう魔物が、うわ、出た」
森の奥から、直立した巨大な猪を思わせる、でっぷりと太った魔物が次々と現れた。
豚鬼。
冒険者達が最も忌み嫌い、エド王国周辺ではほとんど根絶やしになるまで徹底的に討伐されている魔物である。
豚鬼の姿を見て、山田は真っ青になった。豚鬼達は攻撃力こそさほど強くはないが、とてつもなく忌まわしい習性を持っていたからである。
寄生繁殖。
豚鬼はヒト族を見つけると群れをなして襲いかかり、大勢で陵辱する。そしてその人間を苗床にして、豚鬼の子供を産ませるのである。
この性質があるため、豚鬼には単一の性別しか存在しない。希に豚鬼王と呼ばれる特殊個体が生まれ、同族内で有性生殖を行うこともあるが、通常は群れの全個体が雌で構成されている。
餓えた雌豚の群れは、単為生殖の寄生宿主を見つけて喜びの声をあげた。
興奮のあまり、股間にある肉質の産児管を
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欲望に支配された魔物達は、口から流れ出る唾液を赤黒い舌でべろりと舐め、血走った目で山田の尻を見つめた。
「うぎゃあああ、もう駄目だ、くっ、殺せ!!」
「ヤマダ、そのセリフはまだ気が早すぎると思う」
「冷静にしている場合じゃないでしょう! お嬢だって襲われる対象ですよ!?」
「そうね、豚鬼はヒトを性別で差別しないから。男女平等」
「体中の穴という穴に子供を産み付けられるんですよ!?」
「障壁で防いでいるうちに、どうするかゆっくり考えましょう。ヤマダ、お茶出して」
「はい抹茶とシブ茶のどちらが、って、お茶飲んでる場合ですか! あああ、ほら障壁に、興奮した豚鬼が変な汁を出しながら張り付いて」
山田が錬金術師にすがりついて怯えていると、周囲の魔物の様子が変わった。集団興奮状態だった豚鬼達が、急に静かになって森の奥のほうを見ている。
「……何? 索敵魔法には反応が無いけれど……」
「え、敵では無い?」
「味方でも感知はできるはず。たぶん探知魔法を無効にする権能を持っている魔物。……う、何これ、ものすごい魔力の威圧」
「うええ、何か寒気がする。気持ち悪い。覇気に当たった」
「ヤマダ、魔力防護を強めたからしっかりして! 気を確かに!」
錬金術師は、口から泡を吹く山田に回復魔法をかける。
意識を取り戻した山田の目に、森の奥から歩いてくる小さな人影が映った。
金髪の、小柄な少女。
「え?」
山田は自分が見ているものを理解できなかった。
少女はエド王国であれば、まだ初等学校に通っている年齢に見えた。
肩まで伸びた、ゆるく並打つ美しい金髪。その上に精緻な髪飾りが光る。
青を基調としたその服は、山田が知っている衣服では東欧の民族衣装に最も近い印象だったが、地球でもエド王国でも見たことのない異質な意匠だった。布地や縫製が一目見て普通でないと判るほど上質である。
豚鬼の群れを意に介さず、少女はゆっくりと山田達のほうに近づいてきた。
外見的にはどう見てもただの子供である。しかしその姿から放たれるのは強者の威風。
魔物達はとまどい、その場から一歩引く。
「……豚共、去ね」
声も子供のものだった。しかし言葉と共に伝わってきたのは、思わず平伏しそうになるほどの強大な魔力の波動である。
しかし豚鬼達は驚きながらも、獲物を諦めて立ち去ろうとはしなかった。
豚鬼達が粗雑な打撃武器をおのおのの手に握り、遠巻きに少女を囲んでいく。
少女は面倒臭そうな様子で、召喚呪文を詠唱した。
「忠実なるわが召喚獣、青の6号よ、汝を育て真名を与えし我の呼び声に応え、紅き炎の舞いとともにその身をここに現せ」
少女が指で魔法印を空中に描くと、それに呼応して大地に巨大な魔法陣が光り輝いた。地響きと共に魔法陣から上空へと火柱が立ち上り、木々を焦がす。
そして爆炎の中から、二階建ての建物ほどもある巨大な青い魔物が、ぬうっと姿を現した。
「龍種っ……!!」
錬金術師は思わず息をのんだ。古龍を除けば、この世界で最強と言われる生物、龍種。
出会った者は生きて帰れぬと言われる恐るべき魔物が、目の前に姿を現わしたのである。
青空のような色の鱗が、赤い炎に照らされて複雑に彩られる。ぶるり、と身を震わせ、少し口を開けて白い牙を見せる巨龍。それを目にした豚鬼達は悲鳴をあげ、金属粘魔のような早さで一斉に逃げ出した。
しかし一匹の豚鬼が、足がもつれて転んだ。
そこを起き上がる間も与えず、ばくり、と豚鬼の頭に噛みついた青い龍。そのまま頭部を口にくわえ、豚鬼を体ごと空中へと持ち上げた。
龍の口の中から、ぷぎぃぃぃぃ、という、くぐもった悲鳴が聞こえる。
龍は大きく首を振ると、豚鬼の体を勢いよく地面に叩き付けた。
どずん、という地響きに混じって、ぼりっと骨が砕ける鈍い音が響く。
ぶいん、ずどんぼりっ。ずぎゅいん、ぐしゃばきっ。
ずどばん、びたんぶちゃっ、びたぼきばんびちぼりぶちっ。
龍が左、右に大きく首を振り回し、口にくわえた豚鬼の体を執拗に地面に叩き付ける。
やがて龍が動きを止めて首を上げると、骨が折れ肉が引き裂かれ、ぴくりとも動かなくなった豚鬼の体が、龍の口からだらりとぶら下がる。
龍はそれをくわえ直しながら徐々に飲み込んでいき、最後に目をつぶって、まるごと胃へと送り込んだ。
山田は目をそむけることもできず、その一部始終を見てしまった。
錬金術師は必死に筆記用具を動かし、観察記録をつけている。
ばふふしゅーーん、と龍が威嚇の噴気音を出し、山田は我に返った。
むこうから、ゆっくりと金髪の少女が近づいてくる。そして錬金術師が展開した魔術障壁に触れた。
「ふん……」
少女が手のひらに力をこめると、虹色の光が散って障壁が消滅した。
錬金術師は、あ、と声を上げて、山田を自分の後ろへと下がらせる。
「……ほう、見たところお前のほうが主人のようじゃが、従者をかばうのか? そやつ、お前の伴侶奴隷なのか?」
金髪少女は、上から目線で錬金術師に問いかける。
「……私達に敵対の意思はございません。お見受けしたところ、名のある召喚士様と存じます。どうかご寛大な処遇を」
エド王国の儀礼に従って臣下の礼をとる錬金術師に、金髪少女は冷たい視線を投げかけた。
「おぬしら、どこから何用でここに来た。返答の次第によっては……」
少女はちらりと青い龍に視線を向ける。
「うちの子の、生き餌になってもらう事にしよう」




