55:魔の大密林
気がつくと、錬金術師と山田は密林の中にいた。
古びた石舞台の上に描かれた見知らぬ円陣の中に、いつのまにか移動している。
周辺の木々は王国周辺では見慣れぬ樹種ばかり。
周囲にたちこめる、もわっとした熱気。むっとくる湿気。
衣服に体温調整の術式が付与されていなければ、とても厚着などできない気候である。
「ギャアギャア」
「ケケケケケケ」
「ブッポーソー」
「ギョギョシギョギョシケチケチケ」
「テケリ・リ、テケリ・リ」
「ぽぽ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽっ」
「ヨホホホホホホ」
「ウルォーード!」
「ミクダヨー」
どのような生き物が発しているのかも判らぬ、さまざまな怪しい鳴き声があちこちから聞こえてくる。濃密な野生の気配が二人の周りに満ちている。
「おおおおお嬢、な、何がおきたんですか!?」
「……空間転移だ……」
「く、くうかんてんい?」
「空間を操る魔法。遠く離れた場所に、一瞬で移動する秘術」
「ええええ、いったいどこに来たんですか」
錬金術師は空を見上げ、いくつかの解析呪文をとなえた。
「魔力分布から見て、迷宮内ではなく屋外ね……大気組成や重力加速度、恒星の分光解析を見る限りでは、違う惑星に転移したのではなさそうだけど」
「ち、違う惑星に行くこともあるんですか」
「異世界や異次元に転移することに比べたら、同一宇宙内の移動なんて、たいした話ではないでしょう? 目的地が隣の家でも14万8千光年離れた惑星でも、距離が違うだけだもの」
「そ、そういうものなんですか?」
錬金術師はぶつぶつと独り言を言いながら、手帳に記録を書き続ける。
「凄い、凄いわ…… ヤマダのおかげで1000年の謎が解けた!
……えーと、さっきヤマダが言った言葉は何だっけ?」
「え? 言葉?」
「川流れの音」
「……どんぶらこ、どんぶらこ?」
「そう、それが転移魔法を発動させる音声符牒だったの!」
「えええ、起動パスワード?」
錬金術師は、ずい、と山田に近寄った。
「その言葉には、どういう魔術的意味があるの?」
「いや、意味と言われても……日本文化圏で、巨大な果実が川を流れ下る場面でのみ使われる、専用の擬音です」
「果実流れ専用の擬音! そんなものがあるなんて、何という奥深い文化なの! ニホン文明を知らない者には絶対に解けない、文化圏縛りの暗号だったのね!」
「……いや、感動していただけるのは嬉しいんですけど……うーん、映画なんかに出てくる『古代文明の言葉が判る人』って、こういう気分なんだろうか」
山田はあらためて周囲を見回す。
「……ここには十二支像も無いし、どうやったら戻れるのかな……
『どんぶらこ、どんぶらこ』」
山田はふたたび符牒をとなえた。しかし、なにもおこらなかった。
「……お嬢、無線か何かで助けを呼べないですか?」
「むせん?」
「えーと、電波通信」
「電波なんて、せいぜい室内程度しか届かないでしょう?」
「え、届かないんですか?」
「だって電波は……ああ、チキュウには魔素が無いのね」
「まな?」
「この世界では、相転移した目に見えない魔力粒子が空間を満たしているの。魔法学的にはミノモドキー粒子と呼んでいるのだけれど」
「あ、それ以上は説明しなくていいです。つまりその謎粒子の影響で電波通信ができなかったり、飛べる形でないものが空を飛んだりできると」
「そうだけど、何も説明してないのによく判るわね」
錬金術師は緊急連絡用の術式を組み、空中に発光魔法を打ち上げた。
「救援を求めてみたけれど、近くに誰かいなければ意味は無いわね」
「空に上がって、町がどっちの方角にあるか見てみるのは?」
「それは危険だと思う」
彼女が指さした上空を、黒い飛翔体が横切っていく。
「……皮翼竜がいるから、うかつに上に行ったら食べられてしまう」
「えええ、強い魔物なんですか?」
「空中歩行しながら戦えるような相手じゃないわね」
「うへえ、そんな魔物がいるって、この場所はいったいどこなんですか」
「王国近在ではなさそう。大陸の奥地かな……駄目、地磁気が乱れていて位置情報が取得できない。このへんにいる魔物は……」
そう言いながら展開していた索敵魔法を遠方まで広げ、顔をしかめる。
「まいったな……把握できるだけでも、灰狼竜が3体、喰血獣が4体もうろついてる……」
「つ、強い魔物ですか」
「1体だけだったとしても、私達だけで撃破する自信は無いわね。……それと、中位の上ぐらいの魔物が30体ほど、こちらに近づいてきてる」
「ち、近づいて」
錬金術師は、困った顔をして山田のほうを見た。
「発光魔法が裏目に出たみたい。もう四方を囲まれてる。完全に」




