54:謎の動物円陣
八王子村には異国からの疫病を広める疫神にして、また信者に対しては感染から守る防疫神でもある牛頭天王の、8柱の王子神を祀った中世の山岳神殿がある。この村の名はそれに由来している。
今から1000年ほど前、その神殿の境内に降臨したのが初代勇者ヤスヒコである。
冥王の襲撃によって両親の命を奪われ、神殿に身を寄せていた古エド王国の王女ロリリーヌはこの地においてヤスヒコと出会った。そして亡国の王女を救うため異世界の勇者は冥王との戦いへと身を投じていく。その発端となった山頂本殿を、今、山田達は見学していた。
「ボロい……」
「ここは観光地化されずに、古い様式のまま保存されているから」
「1000年前の木造建築が朽ちずに残っているのは、さすが魔法という感じですけれど」
神殿というよりも、壁外調査団が使う避難小屋、という感じの古びた籠り堂が、村の背後にある小さな山の頂に建てられていた。ここは村の防壁外、魔獣が出没する地域なので山田はおびえている。
「お嬢、また魔蜂が来たらどうするんですか」
「そんなに心配しなくても、その程度の魔物なら魔法防護で防げるから」
「だって、騎士団の方々が全滅してるんですよ?」
「戦ったら負けると思うけど、私達の場合は防御力に極振りして逃げるから大丈夫。致命傷までなら私が治せるし」
「逃げられないような凄い魔物が出たら」
「このへんに強大な魔獣は出ないわ。せいぜい熊か狼ぐらい。えーと、熊というのは……」
「それは日本にもいるので判りますが、十分に強大だと思うんですけど」
山田はもともと、暇つぶしに生物図鑑を読むような生き物大好きおじさんだった。そのため、この世界の生物層にも強い興味を持ち、時間がある時には「魔法の鏡」を使って生物関連のあらゆる情報を読みこんでいた。そのため彼は、この世界の動植物に関して、すでに錬金術師以上に詳しくなっていた。
彼が驚いたのは、エド王国周辺の哺乳類層が日本と非常によく似ていたことである。
この世界のヒト族が地球のホモ・サピエンスと同種に見えるのと同様に、エド黒熊はツキノワグマに酷似しており、エド狼は小柄なタイリクオオカミ――亜種ニホンオオカミと区別できなかった。
エド狸やエド狐もホンドタヌキ、アカギツネ(亜種ホンドギツネ)と異なる部分はほとんどなく、しいて言えばヒトに化けて嫁として子を成したり、幻覚魔法を使ったりする能力が優れているという程度の違いしか認められなかった。
その他の野生哺乳類も、日本に生息しているニホンノウサギ、ニホンイノシシ、ニホンカワウソ、アライグマ、ヌートリア、フイリマングース、アムールハリネズミ、ナウマンゾウ、ニッポンサイ、デスモスチルスなどと識別することが難しかった。
しかしニホンジカの代わりにアカカンガルーが生息しているなど、日本と異なる部分も数多くみられた。またニホンザルはおらず、小鬼がそれに相当する生態的地位に位置しているなど、地球には生息していない魔獣の数々が生態系の構成員となっていた。
という生物マニアにしか通じないような情報はこちらに置いておいて、話は戻る。
この神殿の境内には相撲神事に使う円形闘技場のような遺構があり、外周に沿って12体の魔物の石像が並んでいた。
「何ですかこれ」
「『勇者の円陣』と呼ばれる遺構よ。初代勇者様が隠した秘宝のありかを示している、と言われているけれど、謎を解いた者は誰もいないの」
「隠された財宝、か……うーん、何だかワクワクしますねえ。周りに並んでいる石像は何ですか?」
「十二支像ね」
「じゅうにし?」
「時刻や方角を象徴する霊獣よ。龍や三首犬、角兎、牛人のような実在する魔獣がほとんどなのだけれど、中には空想上の動物もいるわね。鳥とか」
「とり?」
「ほら、そっちにある羽毛竜みたいな動物。ここの像は普通と少し姿が違うけれど」
錬金術師が指さした石像を見て、山田は首をかしげた。
「うーん……なんか雉に見えますね、これ」
「きじ?」
「日本の国鳥……えーと、国を代表する羽毛竜です」
「え!? 何それ、ヤマダのいた世界では実在している動物なの!?」
「こっちの像は、どう見てもニホンザルですし」
「毛深小鬼も!? あああ、ちょっと待って、記録するから」
「……うーん……意図的にこの姿にしたのだろうけど……」
首をかしげる山田に、錬金術師は興奮ぎみに話しかけた。
「じゃ、じゃあヤマダ、隠し財宝の謎の事もほら、何か判らない?」
「え、謎……と言っても、この遺構が何なのかさえ見当がつきませんし」
「神殿に伝わる古い言葉があるんだけど。えーと、どこに書いたかな……あ、これだ。
『モモから生まれし勇者の、三つのしもべがニホンの方角を向いた時、川流れの音とともに旅の扉は開かれん』
ヤマダ、意味が判る?」
「は? ……何だそれ……桃太郎?」
山田のもらした言葉に、錬金術師が食いついた。
「ヤマダ、何か思い当たる事があるの? モモって何? 三つのしもべ、って?」
「あああ、ちょっとお嬢、そんなに興奮しないでください……
うーん、キジとサル……イヌは……ケルベロスでいいんだろうか?」
山田は三首犬の石像を調べた。
「あ、この石像……苔が生えてて判りにくいけれど、台座の上で回転できませんか?」
「え? そうなの?」
錬金術師は構造解析の術式をとなえ、詳しく調べてみた。
「12体全部、台座の上で回せるわね……どの像にも魔術紋が刻まれているから、それぞれが向いた方角の組み合わせによって、違う魔術式が発動する仕組みだと思う。ああ凄い発見! 帰ったら報告を書かないと!」
興奮する錬金術師に、山田がぼそりと言った。
「あの、お嬢、日が昇る方向ってどっちですか」
「え? ……東はあっちだけど」
「『日本の方角』って、日の出ずる方向って意味かなあ……むう、固まってて動かしにくいな。よいしょ……っと」
山田はイヌ、サル、キジの像を東に向けた。
「……何もおきませんねえ」
「まあ1000年の間、誰も解いたことのない謎が簡単に判ったら苦労しないでしょ。怒られないように、あとで元に戻しておきましょう」
「ええまあ、そのほうが良いでしょうね……でも、この円陣って、いったい何なんだろう」
山田は円陣の中に入って、ぐるりと周囲を見渡した。錬金術師が隣に来て、山田に話しかける。
「『旅の扉』が開かれる気配はないわね……川流れの音とともに、ってどんな音がするのかな」
「桃太郎ならば『どんぶらこ、どんぶらこ』でしょうかねえ」
山田がその言葉を口にした瞬間、円陣の中が輝く光に満ちた。
そして光が消えた時、二人の姿は――そこには無かった。




