52:使徒さん、ご襲来
王城の西方、約10里に位置するエド王国の衛星集落、八王子村。
この村が魔物の襲撃をうけたのは、「勇者祭り」の日のことであった。
初代勇者がこの世界に降り立った聖地、勇者劇で言うところの「はじめての村」で開かれる、年に一度の降臨祭。エド王国からも大勢の観光客が訪れて盛り上がっている祭り広場に、予兆も無く魔蜂の群れが襲来した。
体全体に、煮詰めた樹液を塗ったような光沢のある、赤ん坊ほどの大きさの黒い蜂。襲来した巨大肉食昆虫はブウウゥゥゥ、と大きく耳障りな羽音を立てながら上空から次々と降下し、祭りを楽しんでいた人々に襲いかかった。
生存者の証言から、襲撃してきた魔蜂の総数は5万匹を超えたと推定されている。
魔獣用の防護柵は空飛ぶ魔物に対しては何の効果もなかった。有事に防護結界を展開する役目を与えられた魔道士達は、魔蜂襲来の直前に、何者かによって全員が首をはねられていた。
蘇生された魔道士達からは事件当時の記憶が失われており、詳しい経緯は不明である。
彼らが警備のため広域に索敵魔法を展開していた事は住民からの聞き取り調査で確認されており、索敵を無効化する上級の「隠蔽」や「偽装」の権能を有した、高位の暗殺者に襲撃された可能性が高い。
また、今回の事件は通常の魔蜂襲撃と様相が異なっていた。一般的に労働蜂は獲物を捕らえると毒針で息の根を止めたあと大顎で噛み砕き、肉団子状態にして巣に持ち帰り幼虫の餌にする。ところが今回は襲われた人々の肉体は完全に無視されており、魔力のみを吸い取られていた。
退避が遅れて犠牲となった民間人(非戦闘職)の数は18551人。襲われた者達は急性魔力欠乏によって昏倒し、うち1029名が死亡したが、捕食されて肉体消滅した者は一人もいなかった。
祭りの警護をしていた騎士団員50名および冒険者ギルド員150名と、現場に居合わせた戦闘職250名、計450名が魔蜂を迎撃したが、押し寄せた魔物の数があまりにも多すぎた。
この戦いにおいて10000匹以上の魔蜂が討伐されたと推定されているが、魔蜂の死骸のほとんどは仲間の蜂達が回収していったため正確な迎撃数は不明である。
この戦いにおける戦闘職の死亡総数はのべ1954人に達し、最終的に450名全員が死亡したことで戦いは終了した。
通報をうけて王都から騎士団が駆け付けた時、魔蜂の群れはすでに飛び去っていた。
ただちに騎士団によって犠牲者の蘇生、被害の復旧と調査がおこなわれたが、襲撃の目的であったと思われる「魔力収集」は完全に達成された後だった。
防護の手薄な地方集落に大勢の人間が集まるのは例外的な事例であり、今回の事件はその機会を狙った計画的な襲撃だと推測された。
その首謀者については確証は無かったが、暗殺系の上位権能を持ち、なおかつ無数の魔蜂を系統立てて使役できる者は、この世界では一人しか知られていなかった。
100年前に封印された当代魔王の復活をたくらむ、魔の者達の一人。
かつて魔王の右腕と呼ばれた魔王軍の大幹部、リンクル・プリキユア。
人呼んで「魔蜂遣いプリキユア」である。
「なんか悪役っぽくない名前ですねえ。プリティでキュアキュアな女性なんですか?」
「キュアじゃなくてキユアよ。100年以上前から活動しているのだけれど、どんな姿なのか誰も知らない。もしかしたら男性かもしれないし、人の姿をしていない可能性もある」
錬金術師は祭り会場の天幕内の簡易椅子に腰掛けて、くたびれた顔で山田が手渡した抹茶をすする。
ちなみに抹茶とは地球起源の嗜好品で、精神高揚成分を含んだ樹木の葉を蒸して乾燥させ、粉末にしてから湯に溶いた緑色の濃厚な飲み物である。なお、この世界にはツバキ科のチャノキは渡来しておらず、南米原産のコカノキが原料になっている。
「はあ……死者に悪疫や呪いが見つからなかったのは幸いだけど、同僚達と手分けしたとはいえ、あれだけの数の死体鑑定はさすがに疲れた……」
「死体鑑定……そういえば、お嬢は蘇生はなさらないのですか?」
「脳死者は『冒険者の書』から個人記憶を読み込まないと復活できないの。私の仕事は死亡者の調査と、蘇生前の身体修復。蘇生するのは聖職者の担当。
聖教会の人達は蘇生魔法の使いすぎで過労死寸前だけど……ヤマダは大丈夫?」
「はあ、自分はご遺体の搬送ぐらいしか手伝ってませんから。てっきり魔物と戦わされると思って、ビビっていたのですが」
「まあ、本職が全滅するような戦場で、あなたに何かできるとは最初から思っていないから」
錬金術師は首を左右にこきこきと動かしつつ話す。
「いや、その通りなんですけど、何もお役に立てないのは辛いです。
しかし魔蜂って凄い生き物ですねえ……あっちで騎士団の方が並べてる蜂の残骸、針だけで指の長さぐらいありました」
「あの針は神経毒と出血毒、数十種類の成分が複合した面倒な毒を出すから、もし落ちていても絶対に触らないでね。もし間違って刺したら、あれを解毒するのは私でも相当に時間がかかるから」
「うへえ、怖いな……でも、刺された人数が妙に少ないとか言ってましたよ。
犠牲者をまた再利用するために、なるべく命を奪わないのだろう、って。検分していた……えーと、露出度の高い方が」
「ああ、騎士団の中隊長さん?」
錬金術師は抹茶椀を持ち上げて、山田におかわりを注文する。
山田は次元収納袋から茶道具を取り出して、濃茶を点てる。
「え、あのビキニアーマーの方、隊長さんだったんですか? 中学生ぐらいにしか見えませんでしたけれど」
「あの子、かわいい顔をしてるけど、戦闘力だけなら騎士団長級よ。お尻をさわってきた文官の首をはねてしまって出世が止まってるけど」
「く、首を」
「簡単に首をとられるなんて、なさけない話ね」
「あ、そういう反応になるんですか ……でも、ああいう露出度の高い格好って」
「かっこいいわよねぇ、ああいう防具」
錬金術師は山田が点てた濃茶を受け取って、くい、と飲み、はあ、と息をつく。
「あれぐらい面積が少ない防具だと、簡単に買えるような値段じゃないと思う」
「え、面積と値段って関係あるんですか?」
「当たり前でしょう? 体のほとんどが露出している状態なのに、防御力が高いんだもの」
「そ、そういうものなんですか……あれ、でもお嬢のご装備は、まったくお体が見えませんが」
「私やヤマダの服は、物理防御よりも悪疫防除や呪術無効を優先して作ってあるから。私が持っている装備だと、物理防御力だけなら『あぶない水浴着』のほうが上なんだけど」
「え、初耳です。そ、それはどのような防具で」
「支給されたけど、一度も着たことないなー。家の収納庫の中に入れっぱなしで。今度着てみようかな?」
彼の心の中にまきおこった情動については本題と無関係なので、ここでは語らない。とりあえず話を先に進めよう。
山田が何か言いかけた時、天幕の入り口に、小柄な金髪巻き毛の年若い騎士が現れた。
日本の慣用句で言うところの「噂をすれば影」である。さきほどの山田の話に出てきた、露出度の高い中隊長であった。




