51:急転直下、垂直落下
錬金術師は何も無い空中に腰掛けて、遠くの景色を眺めていた。
何かが吹っ切れたような、明るい表情だった。
山田はその横に、彼女と手をつなぎながら一緒に座っていた。
(うわあああ、何を話せば良いのだ。息がつまる。心臓が苦しい)
山田は脳出血をおこして死亡する寸前の血圧だが、魔法の効果で表面上はかろうじて冷静さが保たれている。
「ヤマダ」
「はっ、はい何でしょうか、お嬢」
突然に話しかけられた山田は、緊張を隠せない。
「……これからも、ずっと私にご飯を作ってくれる?」
「もちろんです。それが自分の仕事です。お嬢が目を覚ました時には、いつも美味しい朝食が用意されております」
「私の研究を手伝ってくれる?」
「当然です。自分はお嬢の研究助手なのですから」
錬金術師は少し間を置いてから、山田に顔を向けて彼の目を見つめた。
ほんのり上気した綺麗な顔に、少しうるんだ瞳が驚くほど魅力的である。
錬金術師は少しためらう様子を見せたあと、恥ずかしげに山田にささやいた。
「……ヤマダ、私……」
そう何かを言いかけて、錬金術師の言葉が止まった。
視線を山田の背後に向け、驚いた表情になっている。
山田が後ろを振り返ると、遠くの森の上で何かがチカチカと光った。
「あれ、何か光りませんでし……」
「発光信号!」
錬金術師の言葉と同時に、王城の上空にも強い光が数回輝いた。
少し遅れて、みょいーん、みょいーん、と奇妙な音が城のほうから流れてきた。
「非常呼集よ! 魔物の襲来!」
「ええええええ!?」
「ごめん、少し手を離す」
「え、お、お嬢、ちょ、ちょっと待って、ああああっ!!」
「換装!!」
悲鳴をあげながら自由落下していく山田の横で、錬金術師は目にも止まらぬ速さで仕事用の礼服に換装した。その所用時間は以下省略。
着替え終わると同時にふたたび山田の手首を握り、慣性制御の呪文を無詠唱で展開する。
二人は瞬時に最大落下速度に達し、下まで落ちきると同時に音も無く静止した。
山田は気がつくと錬金術師に支えられるようにして、見知らぬ家の屋根の上に立っていた。
高空から落下したのに、着地に伴う衝撃をまったく感じていない。
「ええええ、今、何がっ!?」
「異世界7大魔法の一つ、無慣性移動。
説明はまた今度。ヤマダ、こっちへ!」
錬金術師は無慣性移動を終了させると、今度は空気抵抗軽減と、重力制御の術式を展開した。
山田は白い魔道士服の錬金術師に手を引かれ、屋根の上をぽーん、ぽーんと大きく飛びながら移動していく。
「どこへ行くんですかあああぁぁ!?」
「戦場! まず騎士団兵舎前の、集合広場に!」
「え!? 自分も一緒ですか!?」
「御家人の従者も、戦闘に参加できるから」
「せ、戦闘?」
「もう手は離さないから安心して。あなたとはずっと一緒」
「うわああああああ!!!!」
こうして山田は、人類に敵対する者 ―― 魔王の使徒達との戦いにまきこまれていったのである。




