50:錬金術師の想い
山田の興奮が少し静まるのを待って、錬金術師は山田に語りかけた。
「ねえ、ヤマダ」
「は、はい、何でしょうか、お嬢」
錬金術師は何か思い詰めたような表情で、地平線に目を向けた。
「この世界は広いわ」
「ええもう、驚くほどに……」
錬金術師の髪の毛が風で乱れ、彼女はほつれ毛を手で撫で付ける。
「まだ誰も知らない、見つけた人がいない法則や術式が、いくらでもある。
私は……それを探しているの」
錬金術師は遠くを見つめながら、言葉を続けた。
「知りたいの。見つけてみたいの。あの丘の向こうにある、誰もまだ知らない魔法を。誰でも知っている物に隠されている、誰も気付いていない秘密を」
そこで少し言葉を切り、また続ける。
「あのね、ヤマダ……私にとって魔法の研究は、仕事ではなく『生き方』なの。
このまま魔法探しを続けていれば損したり、嫌な事が一杯あると思う。社会から浮いてしまって、誰からも理解されない生活をしていく事になると思う。それでも私は、自分の生き方を変えられない」
錬金術師は少し沈黙したあと、山田のほうを見て、意を決したように言った。
「……そんな自分のわがままに、他人を巻き込みたくない。私は一人で暮らしていく。だからヤマダ、あなたは」
「はい、お嬢の横で、お一人暮らしのお手伝いをいたします。
日々の雑用は自分にお申し付けください」
錬金術師は山田の返答を聞いて、とまどった表情になった。
そして山田は、内心で彼女以上にとまどっていた。
彼は日本にいた頃、近くにいる女性が暗い表情になった場合、すぐにその場から離れていた。自分が不快感を与えているのではないかと不安感で一杯になって、その場から逃げ出さずにはいられなかった。
その彼が今、暗い表情の錬金術師に対してなぜかグイグイと押していた。
(何だこれ、コミュ障の俺が、まるでホストみたいな事を言っている……どうしたんだ俺。これも魔法の効果なのか?)
山田は今の状況を冷静に分析していた。錬金術師は今、山田を遠ざけようとしている。しかしそれは山田の将来を真剣に考えてくれているからで、彼を嫌っているのではない。ならば――ここで引いてはいけない。
それに何よりも、自分は彼女の手助けがしたい。生き方を応援したい。彼女の頑張っている姿を隣で見ていたいのだ。
だが山田に対して、錬金術師はさらに言葉を続けた。
「ヤマダ、私と一緒にいる必要は無い。あなたは転生者なのだから、探せばもっと条件の良い主人が」
「はて、お嬢は何をおっしゃっておられるのか」
山田はねぼけた顔で、肩をすくめた。
「自分はお嬢に魔法をかけ続けていただかなければ、社会に適応できません。もしお嬢以外を主人にしろと言われれば、そのストレスだけで即日死亡です。
それに、飼い始めた奴隷は、最後まで面倒を見るのが主人の責任というものでは?」
「ヤマダ、ちょっと待って。私は……」
山田はその言葉をさえぎり、彼女の右手を握ったまま、目の高さまで持ち上げた。
「この手を離されてしまったら、空を飛べない自分は墜落死します。ですがお嬢は、そのような事はなさらない。自分はそう確信しております」
錬金術師は何か言いかけたが、そのまま言葉を飲み込んだ。
彼女の表情は固く引きつっている。
しばらく無言になったあと、彼女は山田の顔を見た。
「……ヤマダ」
「はい」
「私のことを、面倒臭い主人だとは思わないの?」
「そこが面白いのです」
「……否定はしないんだ」
錬金術師はうつむいて、山田から目をそらした。そして小さな声で言う。
「……本当にいいの? 私で」
「お嬢でなければ駄目です」
山田は即座に言い切った。
(うわ、俺、今何を言った?)
山田は内心で自分の発言に動揺している。このセリフは言う人によってはキモさ100倍、良くも悪くもあまりにも破壊力が大きすぎて、もはや後戻りできない。
彼女は、ふたたび無言になった。
(どうしよう。すげえ厨臭い言葉を聞かされて寒気がする、って言われるんじゃないか? うえええ、駄目だもう逃げたい)
山田は不安感ですでに瀕死である。が、状態回復魔法の効果がまだ残っていたため心停止には至らなかった。
やがて彼女は目を伏せたまま、ぼそりと言った。
「ヤマダは……やっぱり馬鹿。馬鹿だわ。本当に馬鹿。信じられないぐらい馬鹿」
そして錬金術師は顔をあげて、上目使いで山田のほうを見た。
顔が赤くなっている。妙に色っぽい表情である。
「ぐわあああっ!!! うおおお、悪口のはずなのになぜか興奮する。あ、鼻血が」
「……変態?」
「いや、別に言葉責めを好む趣味は無いです。というか、今のはそういう変態感のあるシチュエーションでは無いと思いますけど?」
それを聞いた錬金術師は、山田の肩にそっと額を乗せた。
驚いた山田が身を固くすると、彼女の肩がぷるぷると震え出した。
そして彼女は、声を上げて笑った。
久しぶりに。
本当に久しぶりに。子供のように笑った。




