47:絶望の果てに
「錬金術師ファナ・コサンが作成した魔法花は焼却処分。聖教会の大司教猊下が祝福を与えた花を素材とし、魔法局の局長が新規に合成花を作成する」
それが資料に書かれていた内容だった。
そのようにする事を誰が話し合って、どのようにして採択に至ったかは資料として残されておらず、今日でもその決定が下された過程についてはよく判っていない。
はっきりしている事は錬金術師はその件に関して何も聞かされておらず、彼女の知らない場所で、知らないうちに誰かがそれを決めてしまっていた、という事実のみである。
そしてその資料には、局長が新しく創り上げたという新合成花の画像も載せられていた。
それは花弁が歪んだ珍妙な花で、濁った紫色をしていた。全体的にどこかいじけたような印象があり、葉にはかすれたような不規則な濃淡があった。
「……何ですかこれ」
「たぶん同僚の誰かが創った単純合成でしょうね。生理障害が出ているから、たぶん3日くらいで崩壊枯死すると思う。本番直前にまた創りなおすのでしょうね」
「……この花を使う気なんですか?」
「そう決まったみたい。私には知らせてこないけど」
山田は返す返事が見つからず、言葉を失う。
「……みんなのほうが正しかった」
錬金術師は枕に頭を乗せて、ぽつりとつぶやく。
「……最初からこの件は偉い人の、ただの面子争いだった。
仕事の内容はどうでも良いから、誰に媚びを売るか考えるべきだったの。
……いつもそう。私は知らない事を見つけると、どこまでも追求してみたいと思ってしまう。でもそれは普通じゃない。だから皆から浮いて、人に迷惑をかけて、ヤマダにも」
「お嬢」
錬金術師は、また布団をかぶって顔を隠す。
山田は枕元に座って、彼女にそっと話しかける。
「……お嬢、せっかく長いお休みをいただけたのですから、いっそ旅にでも出ませんか。自分はお嬢と一緒に、どこかに行ってみたいです」
「……どこかに?」
錬金術師が、布団から顔の上半分を出す。
山田は彼女が反応を示したので、やった! と思いながら言葉を続ける。
「お嬢と一緒に行けるならどこでもいいです。この世界に来てから、自分は城郭の外にまだ出た事がありません。外にどんな世界が拡がっているのか見てみたいのです」
錬金術師は、それを聞いて何か考えている様子だった。
しばらくすると、彼女は布団から起き上がり寝床を空間収納した。
「お嬢……」
「……そうね。いつまでもこの部屋にいても、何も変わらないもの」
錬金術師は壁際に移動すると、外壁を空間収納した。
大きく開いた空間から明るい外光がさしこみ、彼女のほどかれた髪の毛がふわりと流れる。
「……いい天気。雲一つ無い。気温も良い感じ」
錬金術師は室内に向かって振り返り、顔にかかった髪の毛を手で直しながら山田に語りかける。
「この世界では、こういう天気を『天に向かうために用意された日』と言うの」
「……お嬢?」
錬金術師は抑揚の無い声で、山田に言葉を続ける。
逆光になっていて、彼女の表情がよく判らない。
「こっちに来て。ヤマダ」
山田は何か胸騒ぎを感じつつ、錬金術師の側へと寄る。
「私の手を握って」
山田は言われた通りに、錬金術師が差し出した手を握る。
すべすべとした暖かい華奢な手。
普段ならば「うっわー柔らけぇ最高、このまま握っててもいいんですかお嬢」などと言いながら鼻血を流すところだが、今の山田は錬金術師の様子に不穏な気配を感じとり、そんな気分ではない。
「私と一緒なら、どこへでも行く?」
「……行きますが、行きますけれども、お嬢」
「ヤマダ、絶対に私の手を離さないでね」
そして錬金術師は、地上10階層にある自室から外に向かって、何も無い空中へと足を進めた。




