46:魔法花の顛末
『王国魔法管理局、新種の魔法花を開発』
当代勇者と将軍家息女の結婚式のために創られた、誰も見たことが無い美しい花。
その噂はたちまち王国中に拡がった。
だがそれがどのような花であるか、それは結婚式当日まで非公開とされた。
人々は興味津々で、その秘密につつまれた花について、さまざまな予想を語りあった。
魔術管理局の局長のところにも、次々に取材の瓦版屋がおとずれた。
しかし局長は、
「魔法花の開発は魔法管理局によって成し遂げられた史上初の快挙なんだよねぇ~~、それを指導した自分も、歴史に名を残す大魔術師と言えるね~~」
という演説を延々と瓦版屋に聞かせるのみで、魔法花についての具体的な情報は何一つ語ろうとしなかった。
彼は魔法花についてよく理解していなかったため、話したくとも話せなかったというのはここだけの話である。
さて、ここまでの解説を読んで、何かお気づきになられた事は無いだろうか?
―― そう、錬金術師の名前が、まったく出てこないのである。
彼女が一人で魔法花を育成した、という事実は外部には隠蔽された。
錬金術師の仕事は、魔術管理局の業績、そして組織責任者である局長の業績として世間に喧伝されていた。
しかしながら錬金術師は、その事はあまり気にしていなかった。
自己顕示欲に乏しい彼女は、自分の研究内容が認められさえすれば、それで満足だった。また、局長の性格をよく知っていたので、そういう事をするだろうと最初から予想してもいたのである。
が、錬金術師が予測していなかったのは、聖教会がこの件に対して口出ししてきた事であった。
それは、魔法花の噂を耳にした大司教が
「へー、そんな花を創っとるの? わし、それ初めて聞いた」
と何の気もなく言った事から始まった。
それを聞いて大司教に忖度した司祭達は、即座に魔術局に使者を送った。
「当代勇者様の結婚式を司る大司教猊下に対し、何の相談もなく魔法花なるものの作成を進めた王国関係者のご見識について、詳しいご説明をお聞かせいただきたい」
王国官僚達は血の気が引いた。
この世界において、勇者に次ぐ権力を有する聖教会を軽視したとなれば、責任者の降格・更迭は免れない。
それを聞いた大老達は当然のように逃げ、官僚達は責任をまぬがれる事に必死となり、あらかじめ聖教会に認可を得るよう魔術管理局に通達してあった、という報告書が作成された。会議の議事録? そんなものは言うまでもなく不存在である。
そして魔術局の局長は、聖教会への報告を怠った錬金術師に責任の所在があったとして、彼女に自宅謹慎処分を申し渡した。
「君に何の責任も無いのは判っているんだけど~~、外部に説明するため形だけ処分した事にさせてほしいんだ~~。よけいな詮索をされないように、この件については何も話してはいけないよ~~。
僕が責任を持っておさめておくから~~、ファナちゃんはほとぼりが冷めるまで隠れていてほしいんだよ~~。特別賞与を出すし~、規定外になるけれど有俸休暇扱いにもしておくから~、どれだけ休んでいてくれてもかまわないからね~~」
というのが、その時に彼女に対して局長が言った言葉であった。
判りやすく言うと「君に口止め料を払おう。仕事しなくても俸禄はあげるからこの件については黙っていなさい。よけいな事を言ったら君のためにならない事がおきるかもしれないよ?」という意味である。
彼女が王宮に出仕してきて、瓦版屋に非公表の事実を話したら皆が迷惑するのである。
そう言われて錬金術師は自宅へと戻った。そして研究室に引きこもって、そのまま出てこなくなった。
山田が所属していた文化圏では、呼ばれてもいないのに女性の私室に入る事は非礼にあたる。そのため、彼は最初のうちは研究室の外からそっと声をかけるだけにとどめていた。
しかし2日目になっても、錬金術師は一歩も部屋から出てこなかった。
地球であれば食事や厠の時ぐらいは外に出てくるだろうが、この世界ではその必要も無い。このまま永久に引きこもるのだろうか?
山田は心配でたまらなくなり、研究室の前でしばらくうろうろと歩き回った後、思い切って部屋の戸を叩くことにした。
「……お嬢、入ってもよろしいですか」
返事は無い。
山田は横開きの戸をそっと動かしてみた。侵入防止結界は付与されておらず、するすると戸が開く。
錬金術師は床に敷いた寝床の上で、頭まで布団をかぶって隠れていた。
「お嬢、もうお昼ですよ。お腹がお空きになってはおられませんか」
「……空いてない」
「地球料理屋のご主人が作ったお菓子がありますよ。イギリスという国の伝統料理、スポッテッド・ディックという棒状の蒸しケーキです。名前の意味は、まだら模様の……」
「いらない」
山田はどうしたら良いかと、困っておろおろするばかりである。
しばらくすると錬金術師は布団から顔を出し、横になったまま無言で空中から巻物を取り出して山田のほうに差し出してきた。
山田は枕元にひざまづいてそれを受け取り開いてみた。しかし書面は真っ白である。
「……これは?」
「表面に指をあてて。ヤマダの生体認証も巻物に登録してあるから、それで読めるようになる」
「自分の生体認証……えええ、お嬢、いつのまに?」
山田が言われたとおりにすると、巻物の紙面が光り出して文字が浮かぶ。
「え? 何ですかこれ……『閣僚外秘』? ちょ、何でこんなものが?」
「遠隔操作で情報転写したの。防火障壁が薄かったから」
「は?」
「ううん、ヤマダは何も知らなくていい。その資料の46段を見て」
山田は巻物の紙面に指を当てて横に動かし、そこに表示されている文字を巻物送りしていく。
「えーと、46段 ……え? こ、これは!」
『魔法花の廃棄処分と、新しい合成花の作成計画について』
―― そこには、そう書かれていた。




