45:新しい花
「……できた、と思う」
「……思う?」
「まだ実際に確認していないから。この魔法花が咲いた時に、青い花になるかどうかを」
錬金術師の前には、実験容器に収められたロサ樹の種子が置かれていた。
山田は興味津々でそれを注視する。
錬金術師は実験容器から種子を一粒取り出すと、植木鉢に入れた土の中に埋め、魔力水を灌けた。そして植物魔法の魔道書を取り出すと、そこに書かれている古代呪術の流れを組む植物促成の魔法歌を、美しい声で唱いあげていく。
彼女の魔法歌詠唱に、しだいに激しい身振り手振りが加わっていく。
その手や体の角度、動きの一つ一つには、魔歌と連動した複雑な魔術的意味が含まれている。頭をぐるぐると動かし、おさげ髪をぶるんぶるんと振り回して、はぁ~~スッポンスッポンと歌いながら、文章ではとうてい説明できぬ奇矯な動きで舞い踊る錬金術師。
山田はその横で、サイリウムに似た、魔術効果を高める光る魔道具を振って応援する。
そして呪術舞踏と魔歌詠唱が頂点に達した時、植木鉢に入れた用土の中心がぐいっと盛り上がり、表土を破って赤黒い芽がにょっ、と伸び出てきた。そして錬金術師の身振りに合わせるかのように、ずいっ、ずいっと伸び上がり、葉を伸ばし、みるみるうちに大きくなっていく。
そして大きく生長したロサ樹は、次々と蕾をつけはじめた。緑色の萼片の中から花弁が見え始め、やがて膨らみ、そして大きく花開いた。
その花はとても見事な八重咲きの大輪花で――
―― 血のように赤かった。
山田は呆然として言葉を失い、ただその花を見つめるのみであった。
そして錬金術師は、踊るのをやめて息をととのえながら、山田に言った。
「……ヤマダ、その花を1本、切って頂戴」
そう言いながら、彼女は固い表情で、空間収納から取り出した花切り鋏を山田へと手渡す。
「え、あの、この花を切り花にするのですか?」
「そう。とりあえず1本でいいから」
山田は、どうして自分でやらないのだろう? と思いつつ、言われたとおりに赤いロサの花を、数枚の葉をつけて、ぱちん、と切る。
「……それを私に手渡して」
「は?」
「普通に渡してくれればいいの。彼氏が彼女に渡す感じで」
「いや、そう言われると、むしろ混乱するんですけど」
少しとまどいつつ、山田は赤い花を錬金術師へと手渡した。
彼女がロサの花を受け取ると、その花は一瞬、白い輝きに包まれた。そして花の色が赤から紫に変化しはじめ、やがて春の青空を思わせる、美しい青に変わった。
「なっ……」
山田は驚きのあまり絶句する。
「……成功ね」
錬金術師はほっとした顔でつぶやく。
「な、何が? 赤かったのに?」
驚く山田に、錬金術師はドヤ顔で解説を加える。
「女性が手を触れた時に花弁内部にある6つの分子が合体して、青い色素が生み出されるよう術式を付与しておいたの。
正しき心を持った乙女が触れた時だけ青くなる、とか適当な事を言っておくと、結婚式の演出として面白いでしょう?」
「おおおおっ、お嬢、素晴らしい! 天才です! 詐欺師になれます!」
「……あとは上司がこの花を、どう評価するかが問題なのだけれどね」
錬金術師は少し不安そうにつぶやいたあと、ヤマダ、ありがとう、あなたが居てくれたから……と恥ずかしげに山田に言って微笑んだ。
こうして錬金術師の研究は、ようやく終わりを迎えた。山田の協力によって新種の花の作出に無事成功し、彼女の生活にはふたたび平穏な日々が戻ってきたのである。
――しかし残念ながらこの話は、めでたしめでたし、では終わらなかった。このあと、彼女の身におきた悲しい出来事が語られる事になる。
だがご安心いただきたい。山田はその時、彼女の隣にいた。




