44:主従の繋がり
「ヤマダ、大丈夫?」
山田が意識を取り戻した時、彼は錬金術師に膝枕をされていた。
「……お嬢」
「私の名前が判る?」
「エド王国の宮廷錬金術師、ファナ・コサン様」
「あなたの名前は?」
「お嬢の忠実な僕、山田太一郎です。ここはお嬢の研究室で……あれ、魔乳王様は?」
「疑似空間にお還りになったわ。貴重な情報が得られたとおっしゃって、大喜びなさっておられました」
「……お嬢の目的は? 情報は整理していただけたのですか?」
「ええ……」
錬金術師は、情報を魔術的に内部記録した黒い石板を山田に示す。
山田はほっとした表情になって、目を閉じる。
「これで実験が進みますよ。よかったですね、お嬢」
返事が無い。
「……お嬢?」
山田が目を開けると、錬金術師はどんよりと、見るからに暗い表情になっていた。
「……最低ね」
「は?」
「私は、ヤマダが身代わりになってくれると聞いた時、ほっとした気分になってしまった。これは私の仕事なのだから、私が対価を払うべきだった。でも私はヤマダに肩代わりさせてしまった」
錬金術師は山田から目をそらし、横を向く。
「あ、それは自分が言い出した事ですから……それに、大事な部分を引っこ抜かれたわけでもないですし」
「大事でしょう!?」
錬金術師は声を抑えていたが、その口調は感情的になっていた。
「あなたの大事な思い出を……それがどんなものだったかは判らないけれど、ヤマダにとってかけがえのない、とても大切な、宝物のような記憶だったに違いない。それを私は」
錬金術師は少し言葉を切る。
「……私が諦めさえすれば止められた。でも私は止めなかった。そしてヤマダを犠牲にして自分を取った。それだけじゃない、私は今、実験が進むことが嬉しくてワクワクしている。何なのこれ!?
はっきり判った……私は研究のためなら大事な人でも犠牲にできる、筋金入りのろくでなしだったんだ、って」
錬金術師がそう言うと、山田は、にへら、と締まりの無い顔になって笑った。
「……何で笑うの?」
「お嬢に、大事な人、とおっしゃっていただけましたので」
山田にそう言われた錬金術師は、とまどった顔になった。
「それにお嬢は、自分の命の恩人です。そのご恩を返すのは、人として当たり前です」
「恩返しをしてほしくて助けたわけじゃない。ただの義務。あなたと暮らしているのも、ニホン人というものに興味があっただけ」
「でも自分は」
「もうやめて!」
錬金術師は否定の仕草をする。
「私は研究の事しか考えて無いの。いつかあなたを切り刻んで、実験材料にするかもしれない」
「はあ、カートリッジの中にでも詰められますか」
「……何を言っているのか、意味がわからない」
錬金術師は泣きそうな顔になる。
そのまま沈黙が続いたあと、山田がぼそりとつぶやいた。
「お嬢」
「何?」
錬金術師が小さく答える。
「そんなにお気になさるのなら、自分が失った記憶の分、お嬢から対価をいただけませんか」
「……何が欲しいの?」
「えーと……その……」
山田はまた目をつぶると、少しためらったあと錬金術師に言った。
「……このまま……膝枕をしていてほしいです」
「……馬鹿」
馬鹿である。
こういう場合はアレとかコレとか、もう少し突っ込んだ要求をすべきである。
相手が負い目を感じている時にグイグイ押さねば、いつ押すというのだ。
せめて膝枕から寝返りをうって顔を彼女のふとももの奥の(一部原文欠損)
錬金術師はそれ以上は何も言わず、膝の上に山田の頭を乗せたまま、彼の乱れた髪の毛を黙って整えた。
そのまま二人の間には、しばらく会話が途絶えた。
だが、その沈黙は彼らにとって不快ではなく、そのままでいたいと思える時間であったと伝えられている。
―― そして、錬金術師の研究は前に進みはじめた。




