41:名付けて六神合体
記録によれば、研究を始めたその夜のうちに、錬金術師と山田はメコノプッシー草の発色因子をつきとめるに至っている。
詳細な解説は省略するが、山田の予想通り、青色因子は地球のヤグルマギク色素に類似した構造であった。
すなわち「赤色のシアニジン系色素3個と無色のフラボン系物質3個、計6個が合体して一つになった時に青く見える」という、なんだか良くわからない難しい物質だったのである。
錬金術師ファナ・コサンはその頃まだ名前がついていなかったこの超分子色素をその構造にちなんで「六神合体」と仮称している。
言うまでもなくこの呼び名は、香港特撮映画「武侠七公主」に登場する、生身の王女姉妹が組体操で一体化して戦う横○光輝先生もびっくりの功夫秘技の名前である。
だが、発色因子が判っても、その発色機構をロサ樹に組み込む作業は難航した。
端的に言えば、あまりにも複雑すぎて彼女の手に負えなかった。
(訳者注:以下、特殊な職種の方しか共感できない描写に入ります。一般の方はすみやかに読み飛ばして、一番最後の3行だけ読んで次話にお進みください)
青色因子は多数の遺伝子群によって重層的に調節されており、生体内での制御機序は混沌を極めていた。
「花器形成期における各組織・器官の全転写産物の解析とそれらを基にした遺伝子発現情報の網羅的把握と機能遺伝子の同定および環境因子の影響をうけて転写調整に関わる転写因子と酵素複合体の制御機構の解明」
もはや何を言っているのかよく判らない。それ以前に目が滑って一般人には読む事すら難しい。
錬金術師は解析魔法によって二つの植物の生体内情報を次々に取得していったが、その情報量は想像以上に膨大であり、それはヒト族の情報処理能力では100年かけても整理しきれぬほどの分量に達していた。
整理しても整頓しても、さらに数千倍の生情報が未検証のまま残っていた。
生き物という精密機械は、ヒト一人の力で自由にしようと思うのはおこがましいと確信するほどに複雑な存在だったのである。
しかし、生まれつき魔力量が多かった、というだけの理由で責任者の地位についていた魔術管理局の局長は、その難しさや面倒臭さについて何一つ理解してくれなかった。実現性について自分ではまったく判っていないにもかかわらず、大老や当代勇者に好き勝手な説明をして彼らの期待を無駄に高めていた。
局長は「頑張ってくれたら嬉しいな~~」と命令や強要だととられない程度のふんわりした表現に押さえつつも、納期を遅らせてはならん的なピリピリした空気だけはしっかりと錬金術師に伝えてきた。
それでいて具体的な指示や助言をする事はせず、というより何も判らないので実作業については錬金術師に丸投げであった。お前の成果は俺のもの、お前の失敗はお前の責任、まさに中間管理職の鑑である。
そして錬金術師には、しだいに疲れが見え始めた。
同僚達は、「適当に種族合成して、納期だけ間に合わせればいいのに」という意味のことを遠回しに言ってきた。結果として悲惨な生物ができあがったとしても、言われたとおりに仕事をした事にはなるからである。
しかし錬金術師は、それを良しとはしなかった。彼女にとって知らない知識を追求することは単なる仕事ではなく、本気でとりくみたい夢だったからである。判らない事を判らないまま放置し、形式だけ整えて誤魔化す事は精神的に耐えられなかった。
だが魔術管理局には、そういう彼女の想いを理解できる者は一人もいなかった。
同僚達にとって研究とは、自分達の地位を維持するために渋々やっている半強制労働であった。
仮に真面目にやったとしても、王国の官僚達はその仕事を理解も評価もしてくれない。というより最初から管理局のしている事に何一つ興味は無く、理解しようとする気も評価する能力も無い。ならば本気になるだけ人生の無駄である。
まして女性の身であるならば、王宮勤めなどせず、とっととどこかの貴族の後宮要員になって好き勝手な生活をさせてもらうのが勝ち組。好き好んで研究などしている女はどこかがおかしい。
それはこの世界での一般的な認識でもあった。
こうして錬金術師は出口の見えない情報の泥沼の中で、ただ一人もがき苦しむ事になった。山田はそういう彼女の気分を少しでも和らげようと美味しい夜食を用意したり、さまざまな地球の話をしてみたり、時には研究のヒントになるような発想を提供する事もあったという。
だが、錬金術師は日毎に表情が暗くなっていった。山田に対してささいな事で声を荒げたり、一人にしておいてくれ、と言って研究室から追い払ったりするようになっていた。
そして追い詰められた彼女は、ついに王国で事実上禁忌とされている魔法に手を染めることになる。
魔乳王を召喚したのである。




