40:色水遊び
錬金術師は青い花に手をふれた。
「綺麗な花なので、もったいないのだけれど」
花草の花弁を一枚、丁寧にとりはずして空間収納から取り出した耐魔法実験皿に乗せる。
「含有分子総鑑定」
専門職なので、解析系の代表的な呪文は短縮詠唱を習得済みである。花弁が虹色の魔術光に包まれると、その上空に複雑な紋様が浮かび上がる。
「うわ、何ですかこれ……ものすごく細かい模様が空中に」
「これを見れば、この花に含まれている物質が判るの」
「素人が見ても1ミリも判りません」
ちなみに「ミリ」というのは、地球で1000分の1という意味を表す単語である。すなわち「1ミリ判る」は「1判る」の1000分の1理解できたという意味である。
「えーと、この模様を見れば、色素に相当する部分だけ取り出せるんですか?」
「そう。花弁は枯れてしまうけどね……『抽出』」
皿の上の青い花弁から、ちゅるちゅると鮮赤色の色水が分離され、白い皿の片側に集まる。残った花弁は白く干からびた破片になった。
「……なるほど、赤い色をしていますね」
「普通に考えて、青い花から赤い色水が採れるとは思わないでしょう?」
山田は少し考えてから、錬金術師に言った。
「花弁をすりつぶして絞ったら、何色の水が採れますか?」
「すりつぶす?」
錬金術師は顔をしかめる。
「細胞を壊すと、細胞内酵素が暴走していろいろな成分が分解されてしまいます。錬金術師は、そんな乱暴な手法は使いません」
「はあ、魔法が使えない地球の子供は、そういう方法で花から色水を作って遊ぶんですけどね。ちょっとやってみても良いですか?」
「……遊んでいる場合では無いのだけれど」
そう言いながらも錬金術師は、摩砕鉢と摩砕棒を錬成して山田に渡した。
山田は青い花弁を摩砕鉢に入れてゴリゴリと磨り潰し、圧搾して絞る。青い色水が白い実験皿の上に、ぽたり、と落ちる。
「……青いですね」
「……青いわね」
「えーと、つまりですね、いろんな成分が全部入ったままの状態ならば、青いんです」
錬金術師は黙って考え込む。
「で、お聞きしたいのですが」
「何?」
「この青い水から、シアニジン以外の物質を一つずつ取り除いていく事はできますか?」
「……『精錬』の術式を応用すれば……あ、ちょっと待ってヤマダ、それはつまり」
「何かを取り除いた時に赤くなったら、それが青くしていた因子です」
錬金術師が、目を丸くした。
「……そうか、その方法なら候補物質をいちいち錬成して混ぜなくても」
「まあ、それで青い色素の謎が解けたとしても、本題の生物合成の方向性はまだ何も見えてきませんからねえ……。今日はもうお仕事の話はこれぐらいにしましょう。お夕食は何になさいますか?」
「夕食?」
錬金術師は空間収納から魔法薬の小瓶を取り出すと、一気に飲み干した。
「……夕食終わり。さあヤマダ、続けるわよ」
「え、お疲れではないのですか? というか、今何をお飲みに」
「軍で使ってる、痛みや疲れを感じなくなって、寝なくても平気になる薬」
「絶対ヤバい奴だ」
「ヤマダの分もあるから」
「ああああ、ホワイトな職場だと思ってたのに」
「うふふふふふ、効いてきた効いてきたあああ……さあ実験の時間ですよヤマダ!!」
「うへぇ、もしかしてこっちが本性かな……承知いたしました」
山田を助手に、錬金術師の研究が開始された。




