37:カレーとラーメン、どちらが美味い
「……ただいま」
疲れはてた様子で錬金術師が自宅に戻ってきたのは、夕食時間を過ぎた頃だった。
「お帰りなさいませ。お嬢、部屋の壁を収納して入ってくるのはおやめください。……どうなさったのですか、お顔の色が変です」
「大丈夫、化粧がズレてるだけだから……投影幻像と実際の顔の位置が合ってないのは判ってるんだけど、もう疲れて……同期させる気力無い……
ヤマダ、悪いけど、この荷物を研究室まで運んで」
錬金術師は両脇にかかえていた、縦長の大きな紙箱を二つ、床に置く。
「ちょ、床で寝ないでください。ほら、せめて着替えて……何なんですか、この大きな箱……これを王宮から持ってきたんですか? 何で次元収納して運ばなかったんです?」
「……国際法で、生き物は収納できないように術式制限がかけられてるから」
「生き物?」
「花よ。鉢植え」
「鉢植え……? この箱に入ってるのは、生きた植物ですか?」
山田は箱の中身が気になったが、まず先に錬金術師の寝室兼研究室まで彼女をむりやり歩かせ、服を換装させてから寝床を出させて、そこに寝かせた。
錬金術師はぐた~~っと寝床に横になっている。
(何があったんだ?)
山田は事情を聞きたかったが、錬金術師が疲れているようなので今は遠慮した。
魔杖よりも重いものを持ったことのない彼女が、身体強化魔法を連続で使って荷物運びをしたのである。相当に負担がかかっただろうと山田は予想したのだが、事実そうであった。
「お嬢の荷物は、自分がお運びすべきでしたのに」
「だってヤマダを呼んでも、まだ一人で外に出たら迷子になるでしょう?」
「う」
山田は自分の駄目さを指摘されて言葉に詰まる。
「それに、どのみちヤマダは許可証が無いから、一人で王宮のあるチヨダ区には来られないし」
「第一城郭の外に出てから、運送ギルドをお呼びになれば良かったのでは」
「できるだけ他人とは関わりたくないの。人間と話すのは苦手」
錬金術師は枕に顔を埋める。
「自分とは普通に話しておられるのに」
「ヤマダの事は人間だと思ってないから」
「そこは、他人だと思ってないと言ってください」
人間だと思っていない、というのは人間嫌いの彼女が、山田だけは例外視しているという意味である。好意の表現である事を理解しているので、山田は不快には感じていない。むしろそういう錬金術師をかわいい性格だと思っているが、一般的な視点で言うと少々面倒臭い女性である。
「あの、この箱、開けてみてもよろしいですか?」
錬金術師が無言で肯定の仕草を返す。
山田が注意深く開封すると、二つの箱の中にはそれぞれに美しい花の鉢植えが入っていた。
一つは豪奢かつ妖艶な、深紅の八重咲き大輪花を咲かせている低木。
一つは春の青空を思わせる、透き通るように青い花弁の清楚な花草。
まったく異なる魅力を持つ、甲乙つけがたい二つの美花を見て、山田は思わず感嘆のため息をもらした。
「どっちが綺麗?」
錬金術師が山田に問いかけた。
「いや、どちらも素晴らしく綺麗です……カレーとラーメンのどちらが美味かと問うようなもので、比較して優劣をつけられるようなものではありません」
「その食べ物がどういうものか判らないけど、ヤマダも判断しかねるって事ね」
錬金術師が難しい顔をする。
「どちらが綺麗か、決めないといけないのですか?」
「それならまだ話は簡単だったのだけど」
錬金術師は、その日に王宮で何があったかを話しはじめた。




