33:醤油、それは異世界の常識
山田は鰹節削りに付属していた木槌を手に取った。
木槌で鉋台をそっと叩いて鉋の刃先の出方を調節し、カレ節を削る。
最初はカリカリと粉が出るだけだったが、少し削っているうちに鉋屑のような薄くふわふわの削り節が出はじめる。
山田はそれをひとつまみ取って、口に含む。
「……香りはメジカ節(訳者注:ソウダガツオで作った鰹節)に近いですが、燻香も酸味もおだやかで上品です。そしてこの旨味……うーん、これは極上だ。ああ、醤油が欲しい……」
「オショーユですか? 確か何年か前にもらったものが収納庫に」
「え、醤油もある? でもそんな昔の……あ、魔法収納しているものは腐らないのか」
錬金術師は壁に固定されている扉をあけて異次元空間の中をごそごそと検索し、一本の瓶を取り出した。
「オショーユ~~!」
「ひみつ道具を出したみたいな口調ですね」
透明なエド切子(訳者注:ガラス細工の一種)の錬成水晶瓶に入れられた、濃褐色の液体。
瓶の口は封紙で閉じられ、未開封である事が見てとれる。平滑面に張られた意匠紙に、製造元の優雅な紋章が描かれている。
「えーと、たしか頂いた時に聞いた説明の記録が……あ、これだ。
『エド王国直轄領、ショード島の東岸地域で醸造された濃口の豆醤。
カベルネ豆を使用した重厚な風味は肉、魚、野菜など何にでも合う。その香りは優雅さと複雑さを兼ね備え、深い沖積土で山の頂から吹き下ろす山風をうけて栽培された豆の凝縮感と、育った土地の個性をあますところなく反映している』」
「あ、すいません、それって誰の解説ですか?」
「王宮の醤司です」
「ひしおづかさ?」
山田は聞き覚えの無い単語に怪訝な顔をする。
「王宮の調味料保管庫の責任者です。数百年にわたって収集された全世界のオショーユの特性、産地や醸造年度を整理記憶して料理人に助言をするお役目です」
「全世界の……って、何種類ぐらい……」
「正確な数は私にも……豆のオショーユ以外にも、魚や肉、昆虫、キノコなどを原料とした各種のオショーユが保管されているそうですし、半乾燥発酵豆の『豉』や半固体状の『未醤』、『醢』なども含めると、膨大な種類数になると思います」
「えええ……魚醤はともかく肉醤やイナゴ醤油は日本でもほとんど流通していないのに……これも初代勇者が伝えた文化が元になっていると言うのか……」
山田は衝撃のあまり呆然としている。
だが、日本人が転移・転生した異世界において醤油というものはそれほど珍しい存在ではない。
ましてこの世界のように1000年も時を経ていれば、その程度の発展があっても不思議な事など何も無いのである。
「それはそうと、ヤマダ、そろそろオコメが」
「あ、そうでした」
二人は立ち上がって羽釜に近寄り、山田が木蓋の持ち手をつかんだ。
「……うまく炊けていてくれよ……」
山田はそう祈りつつ、釜の蓋を持ち上げた。




