27:逃げられぬ闘い
周囲の人々に視線を向けられた山田は、それがどういう意味なのか理解できずそのまま固まった。
錬金術師は、はああ、と大きなため息をついて、山田に耳打ちをした。
「ヤマダ、運が悪かったわね……これだけ人目があったら逃げられない」
「いや意味が判りません。逃げられないって、何が逃げられないんですか」
「暴漢が現れた場合、近くにいた戦闘職が経験値上げのために対戦する習わしなの。弱い人から順番に挑戦権が与えられる」
「戦闘職って……」
「たとえば執事」
山田は自分の装束を見る。この世界で言う『執事』の服装である。
え、という表情をしながら錬金術師を見ると、彼女は無言で肯定のしぐさをした。
「この場で一番弱い人……?」
「たぶんヤマダ」
錬金術師が渋い顔で周囲に合図すると、近くにいた見物人が大男に声をかけ、挑戦者が現れたことを伝える。
山田は顔面蒼白である。
「いやちょっと待ってください。武器も持ってないのに」
「剣が良い? それとも戦槌? 粗製ですけれど、今すぐ錬成します」
「いやいやいやいや、ですから絶対負けますって。見てくださいよ、あの凶悪な巨大剣。一撃で自分の首が飛びます」
「30拍以内なら、治癒魔法でくっつけられるから大丈夫です」
「そういう30秒ルールが。じゃなくて、せめて何があったのか状況を確認しましょうよ」
山田はもう泣きそうである。
「……ヤマダ」
「はい」
「この世界では、公道で刃物を振り回すヒトは、まともなヒトではないとされています」
「地球でもそうですが」
「まともでない人とは対話ができません」
「できませんね」
「ですから首をはねて、おとなしくしていただくしか無いのです」
「論理が飛躍していませんか」
「大丈夫です。主人である私が免許を持っていますから、ヤマダがあの方を静かにさせても罪には問われません」
「えええ、免許って何の? いやそうでなくて、負けます死にます返り討ちです」
そう言って涙目になった山田に、錬金術師は優しく微笑んだ。
「いいえ、あなたは死なないわ。私が守るもの」
「え、守るって、どうやって?」
「説明はあとで。ほら、あの人が待たされて怒っています」
遠巻きに囲む見物人の中で大男が、文句がある奴は出てこい、と叫びながらシュンシュンと風音を立てて大剣を目にも止まらぬ速さで振り回している。
山田は錬金術師に物理的に背中を押されながら、大男の前に出た。
「俺と戦いたいのはお前か?」
大男に殺気を向けられた山田は、思わず失禁しそうになりつつ男に答える。
「いやその、戦うなどという大それたものではなくてですね、自分は状況がわかりませんので、何があったのかお聞きしたいなー、と」
「そこのチビがボッタクリ商売してるんで、俺が道理ってものを教えてやったのに無視しやがったんだよ」
「ぼったくり……」
「ただの鉄剣をクソ高い対価で売りつけようとしたんだ。形が面白いから買ってやろうかと思ったんだが、俺が相場を知らないとでも思ったんだろ。ふっかけやがって」
髭の小男は何も反論せず、悔しそうな顔をして黙って立っている。
「はあ、事情は判りました。その、ぼったくり剣というのはどれですか」
「そこの台の上にある」
大男が指差したほうを見ると、店頭の台の上に、少し湾曲した白木の鞘(訳者注:木製で塗料などを塗っていない素朴な鞘)が数本置いてあった。鉄剣は鞘の中に納められているようだ。
「あの……ちょっと見せていただいて良いですか」
武器屋の店主らしき髭の小男の許可を得て、山田は白鞘の柄を握って剣を抜いてみた。
「え……日本刀?」
反りのある片刃の切断系武器。刃長は2尺に満たない。刀身の地肌は詰んだ小板目で刃文は直刃、装飾を排した実用本位の作刀である。
その造りは無骨にして精緻。気品ある澄んだ地鉄には染みも焼けも無く、透明感すら感じられる。
(何だこれ……よく判らないけど、どう見ても普通の刃物じゃない)
山田の背筋に、ぞくりと戦慄が走る。
「ご主人……あの、もしかしてこれ、ハンマーで叩いて作った刃物ですか?」
「判るのか?」
髭の小男が、ぎょろりとした目で山田を見る。
「どこで仕入れたんですか?」
「わしが造った」
「え、マジで?」
「今時、錬成でなく手槌で造っているのは、わしぐらいしかおらんよ」
会話を聞いていた大男が、大剣を山田のほうに向けた。
「な、判っただろ? まともな作り方をしていないガラクタだ。飾りにはなるから材料費ぐらいは払ってやろうと言ったのに。
そのチビが地面にはいつくばって謝れば今回だけは見逃してやる。
それともお前がそいつの代わりに俺と戦うのか?」
「ちょちょちょ、ちょっとお待ちください。今相談しますので」
山田はあわてて錬金術師を呼ぶ。錬金術師が武器屋の主人を呼び、3人でひそひそと話をする。
しばらくして山田が大男のところに戻ってきた。膝がガクガク震え、あと一息で全尿解放の予感である。
「謝罪の相談はできたか? 当然だが、あのチビは誠意を見せてくれるんだろうな?」
大男は抜き身の大剣を肩にかついで、イライラした様子で山田をにらむ。
「はい、その、相談しましたところ」
「いくら払うんだ?」
山田はべそをかきながら答えた。
「ずいまぜん、自分が対戦ずるごどになりまじた」
こうして山田にとって、人生初めての死合いが始まったのである。




