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25:名状しがたき鍋物

注:今回はゲテモノ食を食べる描写が入りますので、苦手な方は次話に進んでください。

 山田が注文したニョロニュラ鍋が目の前に供された。


 お盆の上に乗っているのは卓上焜炉たくじょうこんろ。炎石が赤々と熱気を放ち、焜炉に乗せられた取っ手付きの丸く平たい鉄鍋を加熱している。

 鍋の中に入っているのは目鼻の無い、口の周りに10本の短いひげが生えた、鱗のない蛇のような生き物。すでに下煮されて火が通っているようだが、丸ごと原形を留めた状態でぐるぐると渦巻き状に丸められ、平鍋の底に横たわっている。他に具は何ひとつ見当たらない。


 鍋の中には少量の汁が張られており、やがて鉄鍋が熱せられると、ふつふつと音を立ててその生物が煮えはじめた。


「お嬢……この、横に添えてある山盛りの野菜は……」

「刻みネギですね」

「え、ネギって葱? いやマジで薄く輪切りにした長葱ながねぎだ。この臭いは……西洋葱でなく日本葱? 白い部分が多いから、関東風に軟白栽培された根深葱ねぶかねぎか……これを好きなだけ上に乗せて、一緒に煮る……」

「店員さんがそう言ってましたね」

「うむむ、『どぜう(どじょう)鍋』だ、これは」

「ドジョウナベ?」

「東京の郷土料理です。火が通ったら、しんなりした葱と一緒にニョロニュラの一部をこう……取り皿にとって、添えてあるスパイスを一振り。山椒さんしょうではないようですが、香りは非常に近いですね」


 山田は添えられていたさじと小熊手を使って、熱々のニョロニュラをはふはふと食べる。


「むう、この味はまさに肉厚のドジョウ……割り下の甘みが若干少ないような気もするけれど、浅草の老舗しにせの味とほとんど区別がつかない……」

「美味しいですか?」

「お嬢も味見しますか? 『き』ではない『まる』の『どぜう鍋』は、日本人でも画像で見たら引く人が多い料理なのですが」

「興味のほうが勝ちます」


 山田は店員から取り皿をもらい、錬金術師に鍋の中身を取り分けた。彼女は小さな口で煮えた具をちゅるん、と吸い込み、ほふほふと咀嚼そしゃくする。

 そしてうるんだ眼になり、はぅ、と息をつく。ピンクの舌で唇についた汁を舐め、うっとりと上気した顔で山田を見る。


「……美味しい。骨まで軟らかく煮えていて、全部丸ごと食べられるのですね」

「お酒でじっくりと下煮して、形がくずれないギリギリまで軟らかくしてあります。

 分厚い皮のゼラチン質のトロリとした舌触りと、ほろほろと崩れる柔らかい身の食感、出しの効いた割り下がからんだ葱のシャキシャキ感が口の中で混然一体となったところに、炊き立ての熱い白飯をこうやって、はふはふと一気にき込んで……

むぐぉぅふっ……うむっ、あぁ、これは旨いな」

「わずかに感じられる土の香りが、ネギの香味と合わさって素晴らしい個性に昇華しているわ」

「生きた素材を使わないと生臭くなって、この味は出ないんです」

 地球のグルメ漫画のような会話が二人の間に交わされる。


 山田は錬金術師のチャンポンも取り分けてもらって味を見る。

彼が知らない正体不明の生物の卵、この世界原産の植物を素材にしているにもかかわらず、山田が知っている料理の味にきわめて近い。


「……驚きました。この世界の食材を使って、これほど再現度の高い日本食が作れるとは。これなら自分が料理を作る必要はまったく無いですね」

「あら、外食と『おうちごはん』は違うでしょう? ニホンの食事が再現できるなら、なおさらヤマダに創ってもらわなくては」

「はあ、ご期待に沿えるかどうか判りませんが……それにしても、ここのご主人はいったいどこで地球の料理を覚えたんでしょう? 他の料理も再現度が高いのかな……」

「気になりますね。ちょっと聞いてみましょう」

「え、あの、お嬢」


 錬金術師は調理場のほうに行って、店の主人を呼ぶ。

彼女が体をくねらせて不思議な踊りをしながらシュウシュウと噴気音を立てると、それに応えて主人が触腕しょくわんをうごめかせながらピュシュピシュ、と噴気音を返す。


 しばらくやり取りをしたあと、主人は触腕をぐるりと丸く動かし、空中から次々に料理を取り出して調理場の台に置く。錬金術師はそれを全部、空間収納すると山田のいる席に戻ってきた。


「作り置きがあった料理を20種類ほど分けてもらいました。部屋に戻ったらそのうち順番に味見をしてみましょう」

「作り置き……」

「空間収納しておくと、いつでも作り立てが食べられるので便利ですね。

 あ、それと、5年くらい前に亡くなられた先代、つまり今のご主人のお父様がチキュウからやってきた方で、この世界でさまざまなご活躍をなさった料理人だったそうです」

「え、あの人……人なのかな、あのご主人のお父さんが?」

「ご主人はお母様に似ているそうですが」

「……お父さんって、どういう性癖だったんだろう」


 こうして食事が終わったあと、錬金術師が魔力で支払いを済ませて二人はふたたび町に出た。


 そして彼らは首輪屋、仕立て屋、履物屋と順番に巡って山田の装備を整えていった。


 このあと山田達は思いもよらぬ事態に巻き込まれる事になるのだが、彼らはまだそれを知らなかった。

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