24:異界の居酒屋
その店には、聖教会の清浄認証を受けた食材のみを使用していることを示す認証標が店頭に掲示されていた。
入口には地球の国旗を思わせる緑、白、赤の三色に別れた のれんが掛けられ、そこにWELCOMEと書かれている。山田はそれを持ち上げ、気おくれしている錬金術師に先がけて店内へと入った。
客がかなり入っていて、まだ昼ではあるが飲酒しているらしい冒険者の姿も見られた。
「いらっしゃい。お二人様ですか」
乳袋を過度に強調する意匠の店員服を着た若い女性に案内され、二人は奥にある寝椅子席についた。
店内にはさまざまな雑貨が飾られ、人気店らしい明るく賑やかな雰囲気である。壁にはお品書きの名前を書いた手書きの短冊が並んでいる。
「日本の居酒屋っぽい雰囲気です」
「ニホンのお店もこういう感じなのですか」
「飾ってあるものは多少違いますが」
「あ、記録をしたいので装飾品の名前を教えてください。あれは?」
「提灯という照明器具です。表面にある文字は漢字……日本で使われている文字で、『地球』と書いてあります」
錬金術師は聞いた言葉を急いで書き留める。
「あっちは」
「北米クヮクヮキワク族のトーテムポールと、マーライオンの置物、西アフリカのドゴン族の仮面、中国の金玉満堂の霊符」
「飾り台の上にあるのは……」
「マルセル・デュシャンという芸術家が作った『泉』という名前の有名な美術品です。たぶんレプリカですね。あの形は本来は……うーん、花が活けてあるのか」
「そっちは」
「チベット仏教の和合仏と、テディベアのぬいぐるみ、月に吠えるニャルラトテップの像」
「どれもチキュウの工芸品なのですね。店主のこだわりが見て取れます」
「……こだわって集めたんでしょうねえ、多分。
ええ、全部地球のものですから、何も間違ってはいません」
二人はお品書きを見ながら、注文品を考える。
「チャーハン、ブイヤベース、ロミロミ、コシャリ、バタゴル、イェミスタ、オクローシカ、チェブジェン……チキュウ料理は名前を見ても全然わかりません。ヤマダ、おすすめはどれですか」
「うーん、ハワイやエジプトやインドネシアやギリシャやロシアやセネガルも地球ではありますが……いやまあ、無国籍居酒屋だと思えば特に問題ないですね。お嬢の好みはどんな料理ですか」
「私は料理の事はよく判らないです。あ、では目をつぶって卓上のお品書きを指差して、それを注文してみましょう」
「え、それでよろしいのですか」
「ふふ、初めての事って楽しいです」
そして指差し選択で錬金術師はチャンポン、山田はニョロニュラ鍋定食を注文する事になった。
「……すいません、ニョロニュラ鍋という料理は聞いたことがないのですが」
「ニョロニュラはエド王国で食用にしている脊椎動物です。チキュウ生物の代用として使っているのだと思います」
「……どういう生き物ですか」
「えーと、目が無くて、頭にたくさん触角が生えていて、体中が粘液に覆われていて、茶色い斑点があって、すごい速さでニョロニュラと這いまわる紐状の」
「……魔物でしょうか…… あの、食べたら胃壁を食い破られて体内を侵食されたりしませんか」
「加熱してあれば大丈夫でしょう。でも、ご心配であれば別の料理に変更を」
そう言いながら品書きを手に取った錬金術師を、山田は制した。
「この世界の方が美味しく食べている食材ならば、自分もそれを味わってみたいです。どのような地球料理の代用品になっているのかも気になります」
「ああ良かった、ヤマダは食について研究熱心なのですね。私の同僚は、なじみのない料理は食べたくない、という方ばかりで……ヤマダと私は気が合いそうですね。良い方と出会えたことを造物主様に感謝します」
錬金術師は嬉しそうに笑う。
「そう言っていただけると光栄です。自分もお嬢と出会えて……本当に良かった」
それは山田の嘘偽りなき本心である。しかし山田は一方で、自分の中に思わず湧き上がった感情を押さえようとしていた。
(この人にとっては、死にかけていた捨て奴隷を拾って飼っているという感覚だろう。あの笑顔を勘違いしてはいけないぞ山田……彼女とはあくまで主人と奴隷の関係にすぎない。それを忘れるな)
居酒屋の奥に見える調理場には、もうもうとした白い蒸気が立ち込めている。その最深部はぼんやりと霞んでおり、全容を明確に窺い知ることが難しい。
ときおり見える名状しがたい姿の無貌の店主が、黒い触腕をうごめかせながら手慣れた動きで料理を用意していく。
まもなく注文した料理が供された。錬金術師の前には、皿に盛った蒸し炊きのオコメの上に、卵でとじた野菜炒めが乗った食べ物が置かれた。
「ヤマダ、これがチャンポンという料理ですか」
「むう、長崎名物かと思ったら沖縄ローカルフードのほうだった」
「はい?」
「いえ、こちらの話です。はい、チャンポンとはこういう料理です。
それより自分のニョロニュラ鍋……これは……いったい何だ」
山田は目の前に運ばれてきた料理を見て、その様相に少し引いていた。
*初稿で「サザビーズ・オークションで16億円の値がついた伝説のフィギュア『マイ・ロンサム・カ○ボーイ』」となっていた部分は、作者が存命である事に配慮して入れ替えました




