20:転生者、王都に立つ
山田は初めて町を見た時の印象を次のように語っている。
「その町の様子を地球人に伝えるとすれば、
『ニューヨーク・マンハッタン島ロウアー・イーストの現代アート風な街並みと、多文化の迷宮と呼ばれるベトナム・ハノイの旧市街が出会って激烈に殴り合い、拳で語り合ったあと親友になって共に新しい冒険に出発したような町』
という表現になる。
何を言っているか判らないと思うが、見たこともない異質な文化圏の街並みというものを言葉で説明する事は難しい。エキゾチックだとか中世ヨーロッパ風だとか、そんなチャチな表現で伝えられるようなものでは断じてない。
その町は都市設計や市街計画からはほど遠い、無秩序で混沌を極めた場所だった。しかしそこには不潔さも暴力性も無く、さまざまな種族の活気に満ちた、多様な生き方が豊かに息づいていた。
ヒトならざる者達がヒトと共に生活し、あらゆる世界からの転生者とその文化を受け入れて融合し、長い年月をかけて作りあげられてきた、多種多様な異世界文化のモザイク模様。それこそ魔法の町としか言いようのない驚くべき世界が、自分の目の前に拡がっていた」
(「外出から始まる異世界狂想曲」3段の67)
山田を包む嗅いだことのない匂いの外気。聞きなれない正体不明の音。肌に何かがしみ込んでくるような謎の感覚。五感すべてに言葉では表現しにくい奇妙な感じが含まれていた。
町を行きかう人々の大部分は地球人と区別できなかったが、その中には少数ではあるが異質な者も混じっていた。
尖った長い耳をもつ、長身ですらりとした姿態をした絶世の美女。
子供くらいの背丈の、がっしりした筋肉質で髭もじゃの男性。
豊かな髪、豊かな胸、きゅっと締まった胴回り、豊かな腰にふわふわの豊かな尻尾、三角形の大きな両耳をピンと立てた、狐に似た獣の顔のお姉さん。
そして彼らの存在を気にしている者が見当たらない事が、山田にとっては何よりも大きな衝撃だった。
山田は見るもの聞くもの、すべてに興味を示して歩くのがなかなか進まない。
若い男女を背中に乗せてパラリラパラリラと鳴きながら走り去る鉄馬に振り返り、年配の女性が座って地上をすべるように移動していく空飛ぶ寝椅子を見て目を丸くする。
そして彼が一番大きな反応を示したのは、通りを歩いてくる数人の少女達の姿を見た時だった。
「……っ、おおおおお、え、あの、お嬢、あそこのほら、ええええ」
「はい? 騎士団士官学校の生徒さん達ですか?」
「せせせ、生徒?? あのその、な、何ですかあの恰好は」
「学校指定の服装だと思いますが」
「いや待って、あれは服ではなくもう下着というか、むしろ全裸よりもエロいというか、それでいて愛らしく清楚ですらある感動的デザインがこの上なく目の保養、じゃなくて若い女の子があまりにも破廉恥な」
「緊急時に鎧が瞬着できるように、動きの邪魔にならない最小限の衣服にしているそうですが」
「最小限って、あの布地面積はいくらなんでも最小限すぎませんか、それもあんな可愛い子たちが全員あの恰好で授業を、って、あれを見ても誰も襲わない、もとい寒くないんですか」
山田はもはや正気ではいられないという様子である。この部分も運営がR18と判断したら削除せねばならない。
錬金術師は、この人は何を言っているんだろう? という表情をしながら山田に話を続けた。
「体温調節の術式が付与されていますから、厚手の服と保温効果は一緒ですよ。露出面積が多くても全身防御力は無術式の鎧と同じぐらいですし」
「え、あれ鎧なんですか」
「女性専用防具なので、ほとんどの男性は装備できませんが」
「襲われても大丈夫だと」
「それに騎士団や士官学校生徒には『無礼打ち』の権限が与えられていますから、襲ったりすれば物理的に首が飛びます。
それぐらいの反撃が無意識にできる方でなければ、そもそも入学できませんし」
「すげえ……すげえよ異世界」
山田は文化的差異による衝撃で、茫然自失の体である。
二人が商店街にさしかかると、周囲はさらに賑やかになる。
行きかう人々の大部分が首輪をしている。
「……ここにいる人達、みんな奴隷なんですか」
「主人の代理で買い物に来ている方が多いようです」
「あ、あそこ……えええ、何でメイドさんが?」
「女給仕人をご存じですか? あ、そうか……チキュウが起源でしたね」
「本当にメイドだった」
山田は困惑している。
「初代勇者様がこの世界に伝えた文化の一つです。主人の身辺を警護する暗殺者系の戦闘職ですね。女給道を習得することは若い女性の嗜みの一つになっています」
「えええ、メイドってそういう職業でしたっけ? というか地球だとお屋敷からあの服装で出てきたりしないので、商店街で普通にお買い物をしていると非常に違和感が。
……えーと、一見チョーカーに見えますけど、首輪ですかあれ」
「貴族の奴隷でしょうか。奴隷女給は後宮の一員を兼ねている事も珍しくないようです。
そうでない女給も『お手付き』になって主人の跡継ぎを生むのが夢、という方が多いと聞いています」
「……いやまあ、本人が嫌でないなら余所者が口を出す筋合いは無いんですけど、なんかその、異世界ではそういう文化が一般的なんですか?」
山田達は商店街を進んでいく。
成人用装備専門店の店頭で、光を放ちながらくねくねと動く呼び込み看板。
吟遊詩人が弾く電気長頸琴の街頭演奏に合わせて踊る小妖精。
路傍の露天商が前に置いた水桶の中に泳ぐ6本足の緑色をした水棲動物は、愛玩用か食用か、あるいはその双方か。
山田は錬金術師に連れられ、きょろきょろと落ち着かない様子で周囲を見ながら歩いていく。
「ん?何か匂うな……」
横道にある肉の串焼きの屋台から、魚醤と香草を混ぜたような、少し癖があるが香ばしい匂いが漂っていた。




