18:無職転業~異世界来たらジョブチェンジ
錬金術師は、山田に向かって言った。
「ヤマダ様の、奴隷としての労働報酬を決めなければなりません」
「報酬……給料をいただけるのですか?」
「歩合制は面倒なので、年単位の俸禄にしたいのですが、3石ぐらいでいかがでしょう」
「3石……というと年棒300万円……奴隷なのに? あの、それは税込みですか」
「奴隷には納税義務がありませんので、全額が可処分所得です」
「はいいい?? あの、可処分と言いますと、あのえーと、意味がよく判らないのですが、全額がお小遣い? いやまさかそれは無いでしょうハハハ」
だが錬金術師はにっこり微笑んで言葉を続けた。
「全額お小遣いです。各種の勉強や健康管理、生活に必要な物品の費用はこちらで払いますので、俸禄はヤマダ様ご自身の趣味や娯楽にお使いください。
……でも女性がいるお店に通うのだけは、控えていただきたいです」
「えええ、女性のいる、って風俗関係のお店? あるんですか……」
山田は驚いたが、男女のいる社会において、そういう業種は存在して当然である。
この世界ではさまざまな人外や異種族のお姉さん方も就業しており、それらを体験してレビューを書き、収入を得る冒険者を描いた深夜番組も日本と同様に存在している。
「いえ、怖いし性欲も消されてますから、そういうお店には行かないです。
でもえーと、生活費は全額が錬金術師様のご負担で、自分が好きに使える金額がまるっと300万円? マジですかそれ?」
山田が所属していた文化圏では、この世界での一般奴隷に相当する身分の者には5公5民の徴税が課せられていた。すなわち労働対価の半分が、さまざまな理由をつけて最終的には徴収されていた。
そのような社会で生活してきた彼は「納税義務が無い」と言われても、その言葉を信じられなかったのである。
「あ、少なかったでしょうか……奴隷報酬の基準より多めにしたつもりだったのですが、転生者の方ならもっと高待遇が普通ですよね……では5石で」
「お小遣い500まんえん」
「すみません、奴隷と暮らしたことが無いので常識がよく判らなくて。もう少し多く」
「いややややストップ止めてそこまでで。5石で結構です。なんか話がうますぎて頭がクラクラしてきた……これは贅沢させて来年に生贄のコースかな」
「はい?」
錬金術師は意味が判らずに首をかしげている。
「いやこっちの話で。えーともう一度条件を整理します。
自分は錬金術師様の所有物になって、助手としてお仕えする」
「そうです。実務よりも私の話相手になっていただくのが主な仕事になると思いますが」
「そして自分は錬金術師様にお料理を作って」
「ご一緒にお食事しましょう」
「ごごごご、ごいっしょにおしょくじじじ」
「ニホンのお話を聞かせてください」
「おしょくじしながら、おはなし、ふたりきりで」
「あと、私の買い物にも付き合ってください。一人だと外に出る気になれなくて」
山田は顔が赤くなり全身がぶるぶる震え、目と鼻と口から血を流しながら倒れたが、瞬時に回復した。
「だ、大丈夫です。そ、そしてこの部屋で一緒に住んで……」
「年間の俸禄が5石です」
「おおおお、何だこれは、夢かそれとも詐欺なのか。騙すなら一生騙してほしい……」
「駄目でしょうか?」
錬金術師が悲しそうな顔で山田を見る。
「いやいやいや違います! 駄目ではないです! 本日から錬金術師様の奴隷としてお仕えする所存でございます! どうぞ自分のことは山田とお呼び捨てになさってください!」
「あ、そんなにすぐ決めていただかなくてもよろしいのですよ。明日までゆっくりお考えになって……」
「いえ、錬金術師様のお気が変わらないうちに本契約を。
グッバイ無職。ウエルカム奴隷。ついに理想のヒモ生かt……げふんげふん、ホワイト職場」
山田は錬金術師の前にひざまづいた。
「本当によろしいのですか……ではこちらが今の条件を記した魔法契約書です。
契約は1年更新で、どちらかから解約の申し出がなければ自動更新。契約中は私を身元保証人として王国居住資格が得られます。ヤマダ様が王国民になれる条件を満たした時に、この契約は解除する事にしましょう」
「契約内容が本当なら、一生奴隷でもかまわないです」
「本当ですけれど、よく考えてお決めになってください」
この時、山田は後戻りをする冷静さを失っていた。そして錬金術師と交わしたこの契約が、やがて彼の運命を大きく変えていくことになる。
錬金術師は折りたたんだ契約書を右の手のひらに乗せ、山田のほうに差し出した。
「この上に、ヤマダ様の左手を重ねてください」
「え、はい、……こうですか」
山田がおずおずと手を乗せると、錬金術師は契約呪を詠唱した。
「汝と我は盟約をもってここに主従の契りを結ぶ。汝ヤマダ、我に隷属を約するか」
契約書が朱金色にぼんやりと光りはじめる。
「ヤマダ様にご異存がなければ、約する、と」
「約する」
契約書が燃え上がって消えた時、山田の左手の甲には謎の紋章が浮き出ていた。
「これで両手か……双隷紋と名付けよう」
「はい?」
「いえ別に何でもありません。単なる言葉遊びで、深い意味はございません。よろしくお願いしますご主人様」
山田がそう言うと、錬金術師は複雑な顔をした。
「うーん、ご主人様……と言われると何かムズムズして嫌ですね」
「ファナ様」
「名前呼びはちょっと」
「錬金術師様」
「日常生活で、仕事中の肩書きを呼ばれると落ち着きません」
「お嬢様」
「うーん……『様』がつかない呼び方は無いでしょうか」
「困りましたねえ、まさか『お嬢』でもないでしょうし」
「お嬢?」
「はあ、日本の特殊な呼び方で」
「ニホンの? ではそれが良いです」
「は?」
「私のことは『お嬢』と呼んでください、ヤマダ」
こうして「お嬢」と従僕ヤマダの、王都での共同生活が始まったのである。




