16:錬金術師の転生奴隷
(この綺麗な女性の……奴隷になる??)
山田は錬金術師の言った言葉を理解しかねていた。
錬金術師は真顔である。冗談を言っている表情ではない。
「……あの、すみません、奴隷と言うのはどういう意味で」
「え、チキュウにはいないのですか、奴隷」
「いや、いますけど、奴隷と言っても色々あるので……鞭で叩かれて足で踏まれる……」
「いえ、私はそういう事をする趣味は無いです」
「性的ご奉仕……」
「は?」
「いやいやいやいや何でもないです。というと普通の労働奴隷でしょうか」
「そうです。チキュウにも労働奴隷がいますか?」
「はあ……いますね。地下で謎の棒をぐるぐる回す作業をしています」
「……謎の棒? 意味がよく理解できないのですが、それは何をする仕事なのでしょうか?」
「えーと、自分にもよく判りませんが、発電とか?」
それを聞いて、錬金術師は困惑した顔になった。
「ヒトが発電機を回しても、錬金光素子を光らせる程度の電気しか得られないでしょう? どうしてそんな無駄な事を」
「えーまあ、確かに風車や水車のほうが効率が良いんですよねえ。オリーブの実を挽きつぶして油を搾る石臼回しが元ネタらしいんですが、あえて人間にやらせる意味は無いと思います」
山田が言うと、錬金術師は少し考えてから答えた。
「うーん……もしかすると、この世界の『権力の奴隷』に相当する仕事かもしれませんね」
「けんりょくの、どれい?」
「主人が思いつきで出す命令に従って、生産性の無い無駄な作業をさせられる奴隷です。
そんな仕事に文句も言わず従う奴隷を見て、主人は権力者気分を楽しみます」
「うわああああ、やりたくねええええ」
山田は前世の上司の事を思い出し、もだえ苦しんでいる。
「似たような仕事で、求人が多いのは拝聴奴隷ですね」
「はいちょう……?」
「主人の若い頃の苦労話や、奴隷の仕事態度に対する説教などを一日中延々と聞き続ける仕事です」
「……すいません、なんだか考えただけで呼吸が苦しいです」
「まあ、そういう奴隷は志望者が少ないので、そのぶん報酬も良いのですが」
「……報酬? ……え、あの、報酬とは……?」
「もちろん仕事の対価です。仕事をしたら労働報酬をもらうのは当然でしょう?」
「え、だって……奴隷ですよね? 奴隷に報酬って……」
山田がそう言うと、錬金術師は怪訝な顔をした。
「チキュウでは奴隷に労働対価を払わないのですか?」
「え、こちらでは払うのですか?」
それを聞いて、錬金術師は驚いた表情になった。
「もちろんです。同一労働には同一の対価。奴隷だからといって差をつける事は許されません」
「えええ、だって奴隷というのは主人の所有物で……」
「その方の人生すべてを主人が預かるのですから、幸せにしてあげる責任があるでしょう?」
今度は山田が唖然とした表情になった。
「あの、地球の奴隷とはだいぶ様子が違う感じなのですが……この世界では奴隷の衣・食・住はどのような扱いを……」
「主人の経済力によって待遇はさまざまですけれど、住む場所や着る物、生活に必要な魔石は主人が用意します。
奴隷に精神的・肉体的な負担を与えないように娯楽や休養、健康管理も考えねばなりません。
きちんとした教育を与えるのも主人の義務ですし、何か働いてくれた時は報酬も支払います」
「権力奴隷や拝聴奴隷も、報酬がもらえるのですか?」
山田は驚いて聞き返した。
「接客関連の奴隷は素養がある人しかできない特殊職なので、ものすごく報酬が良いですよ。チキュウにはそういう仕事は無いのですか?」
「はあ……つまりキャバクラやホストクラブみたいな感じですか」
「あ、ちょっと待ってください」
錬金術師は山田が口にした単語の意味を質問しながら、地球の情報を手帳に記録していった。
「とすると、ニホンの場合『さらりーまん』というのが、この世界の一般奴隷に相当する職業なのでしょうか?」
「はあ、主人の所有物にはなっていませんが、似たような感じかと……
でも、ろくに面倒を見てもらえませんから、お話を聞いた限りではこの世界の奴隷のほうが恵まれている気がします」
「所有物になっていない?……魔力の不自由な人達が、主人も持たずに独立生活を?
あの、もしかして住居や衣服……あ、食事も……まさか自分で用意しなければならないのですか?」
「はあ、ですから生きていくのが大変で」
山田がそう言うと、錬金術師は突然に両手で山田の右手を握った。
いきなり触れてきた柔らかい手の感触に、山田は動揺を隠せない。
錬金術師は少し涙目である。
「なんという……なんというお辛い生活だったのでしょうか。
ニホンという国がそれほどまでに過酷な世界だったなんて、想像もしていませんでした。そんな生活に耐えてこられたヤマダ様なら、きっとこの世界で立派な奴隷になれます」
山田はとまどって赤面したが、状態異常は山田にかけられている持続魔法によってすぐに回復した。
「あの、この世界で奴隷になっている人はどれぐらいの数ですか?」
「王国の場合、住民登録者の8割以上が奴隷です」
「うへえ、日本の雇用者の割合と同じぐらいだ」
のちに山田は語っている。
〈つまり、「奴隷にならないか」という誘いは、日本でいえば「うちで働いてみない?」ぐらいの言葉だったわけですね。
真顔で言われた時は驚きましたが、互いが同じ単語を使っていても、その文化的解釈が違っていると理解内容に大きな誤解が生まれるものです。
「食事」や「性行為」という言葉の概念も地球と違っていたので、最初のうちは会話に出てきた時にかなりとまどいました〉
(実録変態紳士53)
錬金術師は空中から小さな机と椅子を取り出すと、そこに座って手の中に出現させた紙に何か書き始めた。
「奴隷契約書の草案です。お読みになってご意見をお聞かせください」
山田は見たこともない文字が普通に読めることに驚きつつ、紙面に目を通した。
そこには山田が予想すらしていなかった、驚愕の内容が記されていた。




