15:転生中年は異世界を学ぶ
山田は錬金術師に尋ねた。
「あの、さきほどの話で『魔物の襲撃で国が滅ぶ』みたいな言い方をなさっていたと思うのですが……えーと、国が襲われる事ってよくあるのですか」
「え?チキュウにはいないのですか? ヒトを襲う生物は」
「いますけれど、国を滅ぼせるほどの生物はいませんね」
「この世界でも、国崩し級の魔物はそれほど多くないですよ。出現するのは大陸全域で年に数回程度です」
「数回って……けっこう多くないですかそれ」
「大陸全土に300近い国がありますから、一つの国に魔物が襲来するのは100年に一度くらいです」
「うーん、そう考えると大地震と同じようなもの……なのか?」
山田はまだ納得できない様子である。
「強大な魔物は勇者様が迎撃なさるので、実際に国が滅ぼされることはまずありません。各国の諸侯は勇者様に貢納や軍事的協力をする見返りに、勇者様の比護をうけています」
「あれ……貢納しない国は見殺しにするんですか、勇者様」
「そんな事はありません。勇者様は博愛の方ですから、事件がおきればどこの国にも駆けつけます。ただ……」
「ただ……?」
「非同盟国が襲撃されても、情報庁が勇者様にお伝えせず握りつぶします」
「うわあ、えぐい政治体系」
「ですので、この大陸の国々、いわゆる300諸侯はすべて勇者様に忠誠を誓っています」
なお、この世界の『国』のありかたは地球とだいぶ様相が異なっている。先代勇者の治世に施行された転生者聞き取り調査において、元地球人ムッチリーナ・エロイチチ(前世名アントニオ・ゴンザレス)が地球の国家に関して次のように述べている。
「地球には縄張りを侵害すると激怒して襲来してくるような巨大魔獣は存在しない。そのためヒトの居住区に城郭は作られていない。
居住地は際限なく周囲に拡張され続けて惑星全土を覆い尽くし、国同士が隙間なく国境を接するまでに至っている。その結果、隣り合った国家間の紛争が日常的に勃発している。
勇者のような絶対的調停者が存在していないため、国同士の争いが発生すると収束が困難で、相互の関係が泥沼化することも多い。
また地球の国家元首は自らが戦いの場におもむくことを嫌い、元首同士の一騎打ちによって決着がつけられる事は無い。
ほとんどの場合は互いの国の領民同士を洗脳や脅迫によって強制的に戦わせ、人的あるいは資源的損耗に耐えられなくなった国が相手に降伏する形で終結する。
蘇生魔法が存在しないため、紛争時の死亡者はそのまま消失してしまい日常生活に復帰することはない。破壊された施設は物理的手段で復旧されるため状況回復に長期間を要し、ほとんどの場合は現状復元を諦めて新たに施設を建設する。
紛争によって秩序が失われた国では略奪が横行し、疫病も蔓延して地獄絵図さながらの状態に陥ることも珍しくはない」
(王立異世界学博物館・調査番号232-43)
錬金術師は鏡を操作して、各国に関する情報を探しはじめた。
山田は柔らかいものがまた当たらないかなーと思いつつ、彼女をちらちらと横目で見ている。
「大陸各地にあるヒト族の居住地区を『名地』というのですが、その地区で最も魔力量の多い者が『名主』になってその地を治めるのが習わしです。
名主と一対一で戦って勝てば新しい名主になれるのですが、近年は名主の養子になって平和的に跡を継ぐのが一般的で、実体としてはほぼ世襲制に近いです」
「あれ……?『名地』と『国』はどう違うのですか?」
山田が気の抜けた顔でたずねる。気が抜けた顔は山田の地顔である。
「名主が勇者様に忠誠を誓って、その地の支配権を認められた場合、支配地は『国』と呼ばれるようになります」
「なるほど、封建制の盟約国家群ですか……勇者様が封建君主で、将軍様が君主代行として『王様』と俗称されている」
山田の言葉に、錬金術師が肯定の仕草を返す。
「そうです。勇者様によって……というか実際には将軍様配下の官僚達が差配していますが、各地の名主が『国』の領主に封じられます。
名主の一族がいわゆる『貴族』です。まあそのほとんどは貴族と言っても低魔力で、優秀な嫁や婿の力を借りて領地経営しているようですが」
「嫁さんが彗星バスターだったりするわけですか」
「体内魔力量が標準魔石換算で一万石を超える名主は『大名』と呼ばれるのですが、カガ大公国のマエーダ公のご正室様などは百万石あると言われています」
それを聞いて、山田は呆れた顔になる。
「単位がよくわかりませんが、奥方の戦闘力が百万パワー」
「一石は魔力量で100万に相当しますから、数値で言うと1兆ですね」
「勇者様の数値を聞いたあとだから驚きませんけど、ちょっと数がおかしくないですかそれ」
「最強の魔物である『龍』が襲来してきた場合、勇者様がいらっしゃるまで足止めするには、それぐらいの魔力が無いと足りません」
「え、い、いるんですか龍。この世界の方はそういうのと生身で戦っているんですか?」
山田の顔がひきつった。
「高魔力の方でも、属性装備が無いと龍と戦うのは厳しいです」
「ぞ、ぞくせいそうび?」
「龍種は龍息という特殊攻撃を使ってくるのですが、その直撃を受ければたとえ勇者様でも無傷ではすみません。ですから龍息攻撃を無効化する魔法装備を用います」
「まほうそうび」
「雷龍が相手なら『雷鳴の衣』、氷雪龍と闘う場合には『雪女王の外套』、古龍王に陳情する際は『炎熱無効の鎧』と『耐爆結界の兜』に『中性子遮蔽の盾』」
「いったい何と戦ってるんですか」
山田はおびえている。
「魔力量の話に戻りますが、普通の方が一日に生み出せる魔力量は数千程度です。それを全部消費すると食事をしなくても一日生活できます。
生命維持だけに使った場合、ほぼ一年間生きていける魔力量が、標準魔石の『一石』に相当します。実際には物品を購入したり、生活にもさまざまな魔法を使うので、最低で年間2~3石の魔力は必要になりますけれど」
山田は錬金術師の話を聞いて、難しい顔になった。
「うーん……魔力がそれより低い場合は、どうすれば良いのですか」
「足りない分をどうにかして手に入れないと飢え死にします。
食材を購入するとしても対価となる魔力が必要ですし……国民になれば年に3石の配給がありますが」
「ううう、振出しに戻った……あの、錬金術師様はどんなお仕事を」
「私は王宮の魔術管理局で魔法の研究をしています。王家の御家人として年200石の俸禄を頂戴しています」
それを聞いて山田は少しの間、固まった。
「え、魔石ってお金に相当するんですよね……一石がだいたい100万円として、200石だと……年収2億!?」
「ほとんどは研究費で消えてしまいますけど」
山田は錬金術師が高給取りであることを知って驚愕している。
そして今、山田は真剣に悩んでいた。
「いずれにしても、問題は今後の事です……何か自分にもできる仕事は無いでしょうか」
「うーん、仕事ですか……」
錬金術師は無言になってしばらく考えたあと、山田に言った。
「私の奴隷になる、というのはいかがでしょうか?」
「はいいいいいい????」
これが山田の、「美少女錬金術師の奴隷」という境遇を心置きなく堪能する男となるに至った日であった。




