13:ゼロから始める異世界学習
大エド王国。
5大陸の一つ、ヤシマ大陸の東岸部。
大河トネ川とアラ川の河口域に拡がる広大な氾濫原、その海岸寄りに位置するエド丘陵――実質的にはエド島と言ったほうが適切であるが――に作られた城郭都市国家である。
最高地点チヨダ山の山頂にあるエド城を中心に、同心円状に建設された3つの城郭。
今、山田達がいるのは第二城郭の内側にある王家家臣団の居住区である。
エド王国の概要を語る上で、地球史研究家のヌール・ヌルロションの著書「地球世界の歩き方」の日本王都に関する記述が参考になる。
「日本連邦の王都、東京国の都市構造はエド王国によく似ている。
東京の中央部には宮殿があり、日本人の国民的宗教である祖霊祭祀を公務として司る祭祀王が居住する。
余談になるが王家に伝わる3つの神アイテムの一つ、水属性の魔剣は数千年前に八ツ首の邪龍が討伐された際に得られた世界最古のドロップアイテムである。
東京国は宮殿を中心に石垣や土塁、水堀などが同心円状に配置された防衛都市で、道路や公共交通機関もその多くが同心円、あるいは放射状に施設されている。
代表的な交通機関として円形軌道上を運行する山手線と呼ばれる丸い緑の乗り物がある。その軌道一周の長さは約8里28町で、これはエド王国で言うと第二城郭とほぼ同じ場所にある。
また東京国の外郭道路である環状4号線の走行はエド王国の第三城郭に相当する場所にあり、二つの都市国家の規模はほぼ同等である。
しかし東京国は住民登録者だけで900万人以上(訳者注:都区部のみ)、エド王国の十数倍を超える人口を収容する超過密都市であることが最大の違いとなっている。
それだけの住民が生活しているにも関わらず、魔力が存在していない東京国には住居用の物質分解・再構成魔法というものが無い。
そのため生活廃棄物は未錬成のまま室外に投棄され、不心得な住民は窓から路上へと投げ捨てる。雨が降れば汚物が水路に流れ込んで異臭を放ち、エド王国のように流れている水をそのまま飲用することは不可能である」(同書4の45段)
錬金術師は鏡に映った画像を山田に見せながら説明を続ける。
「エド王国の第三城郭、つまり最外部城壁の周囲長は13里1町。チキュウの単位に関する記録が正しければ換算して約51キロメートルです」
「うーむ、城郭都市としてはかなり巨大ですね……」
「チキュウの国はもっと小さいのですか?」
「ヨーロッパ最大級の城塞都市カルカソンヌでも外周5kmですから。まあ城壁だけなら『万里の長城』という総延長20,000km越えの化け物建築がありますが」
錬金術師と会話しながら、山田は内心で驚愕していた。
(話せる……頭の中の情報を文章にして伝えられるっ!……
緊張が高まってもなぜか気分は落ち着いて、言葉がもつれないっ……
まさかっ! ……まさかこの俺がっ! 女性と会話できているっ……!
これが魔法っ! 何というチートっ! 何という無双っ……!!
これがッ! これが生まれ変わった俺の新しい力なのかッ!!……)
だが山田はその感情を顔には出さず、そのまま会話を続けた。
「この国の…その、王様ではない王様、というのは、どんな方なのですか?」
「えーと、制度的に少々判りにくいのですが……
法的な国家元首、つまり一番偉い方は『勇者』様です」
「ゆ、ゆうしゃさま?」
「100年に一度ほど、一時代に一人だけ現れる特別な方です。
体の中に厖大な魔力をお持ちになっておられ、魔王……今は封印されている闇の者などを別にすれば、勇者様と対等に戦える存在はほとんどおりません」
「ま、魔王?……勇者とか魔王とか、普通の日本人には具体的なイメージがまったく浮かばない単語なのですが……と、とりあえず話を続けてください」
山田は聞きなれない言葉に困惑している。
「現在は10代目の勇者様が元首になっておられるのですが、魔王復活をたくらむ闇の者達の陰謀を阻止すべく旅に出ておられます。
そして勇者様がお留守の間は、勇者代行として国家次席の『征魔大将軍』が国をあずかる習わしになっております。
勇者様は家系と無関係に地上にご降臨なさるのですが、将軍職は世襲制です」
「そうすると……王様というのは」
「将軍様の通称です。今はトクガー家38代将軍、ヨシムーネ公がこの国を預かり『王様』と呼ばれています。えーと、この方ですね」
錬金術師は豪華な装束に身を包んだ、おそらくは男性と思われる人物を鏡に映しだした。個人情報保護のため顔にモザイクがかかっていて、人相はよく判らない。
「この方が、王様……」
「そうです。王族の中で一番魔力量の多い方が『王様』に選ばれます」
「魔力量?……魔力の量って、具体的に数値で表わせるようなものなんですか?」
「鑑定魔法で測れます。国を守るための戦闘力は魔力量に比例するので、この国では社会的な身分も魔力量で決まります。飛びぬけた魔力量を持っていれば、出自を問わず貴族の養子になれます」
「王族だけでなく貴族もいるのですね……え、でも養子って……?」
山田は首をかしげる。
「魔力量には著しい個人差があって、魔力量が多くなるほど該当する人数が少なくなります。才能は遺伝しないので貴族の実子でも魔力量が低い方のほうが多いのですが、魔力量が少ないと領地を守る能力がありません。
そういう方が跡継ぎになると領地経営が破綻するので、魔力量が多い方を実子の婿や嫁に選んで、実質的な後継者にするのです。
有望な子供が見つかると、幼少時から貴族同士で取り合いになります」
錬金術師は、ほつれた細い髪の毛をかきあげながら話を続ける。
山田はその女性らしい仕草に、おっさん臭い視線を送りつつ話を聞く。
「あれ、でも将軍様は世襲だと」
「将軍様はお飾り……ごほんごほん、国家代表という意味合いが強いので、そこそこの魔力量があれば就任できるのです。でも、今のヨシムーネ公は本物ですよ」
「本物?」
「お若い頃は『暴れ者将軍』と呼ばれた豪腕の魔法戦士でした。エド王国に天空から彗星が落下してきた時、将軍家御留流の奥義を使って彗星を塵に変えた逸話で有名です」
「うわぁ、将軍すげぇ……いやまって、もしかしたら勇者様はもっと凄いと?」
「それはもう、比較になりません。ヒト族の全魔力を集めても勇者様一人の魔力量に達しません」
「え、勇者様の数値ってどれくらいあるんですか」
「当代の勇者様はまだご成長の途上ですが、一番最近の報道では約200澗ほどだったかと」
山田は聞きなれない単位が出てきて、少しとまどう。
「……あの、カンって単位がよく判らないんですが」
「え? ニホン語由来の単位のはずですけど……百、千、万は判りますか?」
「億、兆、京までは」
「その上が垓、秭、穰、溝、澗……200のあとにゼロが36個続く数字です」
「ええええ、ギガがゼロ9個で、テラが12個だから……2000億ペタ兆?
確か銀河系の直径10万光年が100万ペタメートルで…… ちょっと待て勇者、尺度がおかしい。強さのインフレとかそういう問題じゃない」
のちに山田は語っている。
〈地上に住む者が、天文学的な数値を実感として理解する事は不可能だ。そして理解できぬものに対する我々の反応は2つ。判りもしないのに判った気になるか、理解できぬという事を理解して狂気に飲み込まれるか。そして勇者や魔王自身も、その例外ではなかった〉(「馬の骨風雲録」66段の7)
「あの、そういえば初代の勇者様は自分と同じ世界から来られたと」
山田がそう言うと、錬金術師は、いきなり夢見る乙女の表情に変わった。
「そう、そうなのです! いにしえの伝説、この世界の全女性の憧れと言っても過言ではない英雄王が、初代勇者ヤスヒコ様なのです!」
「ゆ、勇者ヤスヒコ?」
錬金術師は、伝説の勇者の物語を熱く語りはじめた。




