12:20代って、それはないでしょう!
追加の「食べ物」を取りに行こうとした錬金術師を、山田はあわてて呼び止めた。
「あああああ、ちょっとお待ちを」
「はい?」
錬金術師が立ち止まって振り返る。
「ありがとうございます。もう満腹です。いやーこれで2日ぐらいは食べなくても大丈夫な気分だなー、お腹ポンポンはちきれそう」
「ご遠慮なさらないでください。味はともかく、量だけは長靴一杯ありますから!」
錬金術師は心配そうに山田に言う。
「いえいえいえいえもう本当に満腹で。食べ過ぎるとお腹壊しますし、もうこのぐらいで。いやー美味しかったです、ご馳走様」
「本当にもうよろしいのですか……栄養学的にはこれだけを一生食べていても問題ないはずです。お腹が空いた時にはいつでもお創りします!」
「い、一生」
山田の脳内に、若奥様風エプロン姿の錬金術師が天使のような笑顔で、湯気を立てた赤や青や黄色の奇怪な塊を朝昼晩と山田の前に運んでくる姿が浮かんだ。
「……ま、まあ食事の事は一旦置いておく事にしましょう。それよりもこの世界の事をもっと教えてください。えーと、さっきの話でその、王様が王様では無い……とかいう」
「あ、はい、資料があったほうが判りやすいですね。今すぐ鏡台を出します」
「……鏡台?」
錬金術師は食べ終わった食膳を空間収納すると、見慣れない形の鏡台を壁際に出現させた。
「どうぞ、鏡の前の椅子にお座りください」
錬金術師に奨められるままに鏡台の前に移動した山田は、鏡を見て息が止まるほど驚いた。
そこには脂ぎった40代後半の地球人ではなく、地球基準では20歳代半ばに見える、整った顔立ちの男が映っていたからである。
右手を挙げて左手挙げて、右手をおろして左手下げない。
山田が手を動かすと、鏡の中の青年も同じように手を動かす。
「……あの、すみません」
「何でしょうか?」
山田の様子がおかしいので、錬金術師は怪訝な顔をしている。
「鏡に知らない人が映っているのですが」
「……ヤマダ様でしょう?」
「自分ではありません! 誰ですか、この髪の毛がフサフサのイケメンは!?」
「転生なさったので、外見的に別人になっておられるのでは?」
「別人……」
「ヒトからヒトへの転生だけでなく、中にはさまざまな魔物に生まれ変わったり、意思ある剣に転生なさった方もおられます」
「転生したら剣ですか!?」
「そのほかには『意思ある冷やし中華』とか『寿司屋のガリ』とか。私が確認できているのは各一例だけですが」
「料理に転生って何それ。え、探すとあるんですかそういう話」
「転生時よりも若くなるのはよくある話、というか、ほぼ仕様です」
「仕様」
山田は鏡に向いて自分の頬をつねり、痛がっている。
「あの、自分は今、何歳ぐらいに見えますか?」
「お歳よりお若く見えますね」
「あ、もしかして実年齢が判っているんですね……見かけ年齢としては?」
「うーん……ヒト族の標準で30代ぐらい?」
「地球人なら20代の外見なのですが」
「この世界だと、20歳も40歳もそれほど大差は無いです」
山田はどう答えたものかと、声が止まってしまっている。
「……この世界の平均寿命って、どれぐらいですか?」
「ヒト族の平均は100歳ぐらいです。ただ魔力の多い方は老化が遅いですし、若返りの秘術を使っていたり、長命種族の血を引いていたりする方もいらしゃいますので、外見と実年齢は必ずしも一致しません。ですからヤマダ様も、特に変ということは無いです」
「そ、そうなのですか?」
山田はまだ状況に納得していない。
「あの、失礼ですが、ファナさ……錬金術師様も、もしかして外見と年齢が一致しておられない?」
「私は見かけ通りの年齢です。事故で消滅した両親がもし生きていれば、ヤマダ様と同じぐらいの年齢ですね」
「ぐふっ!」
山田は自分がおっさんだと自覚させられて、精神的ダメージをうけた。
「あの、お疲れでしょうから、この世界についてのご説明は今度にしましょうか?」
「い、いや聞かせてください。この世界で暮らす事になるのなら、ここがどういう国なのか把握しておく必要があります」
「そうですか、では……『鏡よ鏡、私の問いに答えておくれ』」
錬金術師は鏡台に向かって呼びかけた。
するとその言葉に応えるように鏡面が光を失い、蒼暗い平面に変わった。
暗い水底から浮かび上がってくるように、奥のほうからぼんやりとした光の環が現れてくる。それが崩れるように散り、再び集まると今度は輪郭のはっきりしない、どこか人の顔を思わせるような複雑な模様を描き出した。
『コレハコレハ錬金術師様、本日モ誠ニオ麗シク』
「かっ、鏡が喋った!!」
「喋りますよ、魔法の鏡ですから」
山田が驚いて目を見張るが、錬金術師は動じる様子もなく話を続ける。
「鏡よ、世辞はよい。この者に王国の事を教えたい。住居回線の光精霊への接触を許可。王国情報、画像、最近1年間」
『54699件ノ情報ガ見ツカリマシタ』
「全画像、縮小して順に検索用表示……そうね……これを拡大」
鏡台の前の椅子に座っている山田の後ろから、錬金術師が手を伸ばして鏡面に指を触れる。その際に錬金術師の胸が山田の肩にむにっと押し付けられる。
(やっ、柔らかいぃぃぃ!!!)
山田は心の中で絶叫する。魔法で性欲が封じられているため欲情はしないが、とてつもなく心情的にかきたてられる。性というものがまだよく判らぬ少年の日の目覚めの心ふたたび、という感じである。
錬金術師の髪の毛がふわりと流れ、山田の頬に当たる。
(ああ、彼女は今、すぐ隣にいて同じ空間で息をしている。なんだかいい匂いがする。すーはーすーはー)
もはや山田は世界についての勉強どころではない。
はっきりと欲情できない分、むしろどうしたらいいのか判らない生殺し状態である。
「うん、これが判りやすいですね」
錬金術師は良い香りだけを残して、山田から身を引いた。
(ふおおおおおおお)
ほっと安心するような残念なような、複雑な気分で山田はようやく正気に引き戻された。
「世界地図の、ここが私達のいる国です」
「こ、これが……」
今、山田の前に、彼が初めて知るこの世界の事が示されていた。




