10:異世界魔法は進んでる
錬金術師はとまどった表情になっていた。
「そうよ魔力が足りないのだもの、ヤマダ様は化学物質を代謝して生きてるんだ!
駄目だ私、お腹が空いたら死ぬって事に思い至らなかった……
ど、どうしましょう、こんなに長い時間食事抜きにしてしまって」
「い、いえ、まだ死ぬほどお腹はすいていませんから」
「ああ、すぐに何とかしなくては!……収納庫の中に何か有機物があったかな? 今調べてきます! 少しだけお待ちください!」
そう言って錬金術師は急いで立ち上がり、隣の部屋に続く戸をあけながら山田のほうを振り返った。
「ヤマダ様!」
「は、はいっ!」
「私が戻るまで、絶対に死なないでくださいね!」
錬金術師は持続回復呪文を山田に付与すると、あわてた様子で隣の部屋へと出ていった。
虹色の回復光に包まれながら、山田は目を白黒させている。
「なんか、あわて者っぽい人だなあ……でも、悪い人ではなさそうだ」
山田は体がじんわりと温まり、ぬるめの温泉に浸かっているようでたいへん良い気分である。背もたれ枕によりかかり、ふう、と息をついて肩の力を抜く。
女性と一緒だとどうしても緊張してしまうようだ。
首を回して肩をもみながら、なにげなく後ろの壁を見ると、やや下よりのところに黒い正円の模様がいくつか横に並んでいることに気がついた。
(ん? 何だこれ)
よく見ると円の中に、いわゆる魔法陣のような複雑な模様が書き込まれている。山田は深く考えることもなく体をひねって手を伸ばし、その模様を軽く指で触ってみた。次の瞬間、背後に妙な気配を感じた。
山田が正面を振り返ってみると、そこには一人の少女が立っていた。
(ななななっ!!! ぴぴぴピンクの髪の毛のツインテール、ミニスカートにニーソの美少女っ! いつのまにっ!! いったい誰っ!!????)
声も出せずに驚愕している山田に向かって、彼女はにっこりと笑いかけてきた。
「こんばんわ!」
「うをををっ!!!! 何が何だか判りませんがすみませんすみません敵意は」
「気象魔道士のオテンキオ・ネイサンです。今日はいかがお過ごしでしたでしょうか?」
「は、はい、おかげさまで無事に」
「では明日の天気についてお知らせいたしましょう」
「……は?」
「気象庁の天候計画表によると、城郭内の明日の天気は晴れ、気温は今日と同じぐらいの予定です」
「ですか、はあ」
「南から流れ込む水属性の魔力の影響によって、大気の精霊の情緒が不安定になっています。そのため城郭結界外の天気は変わりやすく、ところどころでにわか雨になる見込みです」
「あのー、すみませんが」
「では天圏図を見てみましょう。昨日に引き続き、西高東低型の魔力配置が停滞しており……」
(あれ、もしかしてこちらの言葉には反応してない?)
女の子は空中から説明板を取り出し、それをこちらに見せながら一方的に話を続けている。
山田は彼女の顔の前にそっと手を伸ばし、ひらひらと振ってみた。
反応が無い。
山田はゆっくりと女の子の顔に手を近づけていった。するとそのまま抵抗を感じることなく、山田の手が彼女の顔の中へと入っていく。
山田が手を横に振ると、女の子に触れる感触は無く、スカスカと空を切る。
(……これ、3次元映像だ……!)
あらためて眺めなおしてみたが、女の子はそこに実在しているようにしか見えない。
(何だこれ。最新のバーチャル映像でも、ここまでの再現技術は無いぞ……)
山田は立ち上がって女の子の後ろに回ってみた。後ろ姿もきちんとある。
あらためて前に回り込み、もう一度観察する。
見たことのない意匠の袖なし上衣は、衣服の下にあるさほど大きくない胸の膨らみをしっかりと反映している。腰回りを細く絞っている下衣の裾丈は短く、大腿部の肉付きは豊かとまでは言えないものの、細いながらもむっちりとした肉感を伴っている。薄手の膝上靴下を通して、少女らしく愛らしい膝の形がはっきりと見てとれる。幼さとエロさが同居する発展途上の危うさである。
山田は姿勢を低くして、下のほうからも観察してみる。
(むう、この映像っ! スカートの中にも太腿が続いているっ……!)
さらに姿勢を低くしてみる。
(何っ! まだ奥に続いているだとっ!! いやまさか、そこまでの再現度があると言うのかっ!?
これは……そうっ! 最奥まで確認してみるしか無いッ!!!)
山田は頭を床に当て、さらなる上へと視線を向けた。
「や、ヤマダ様! ご無事ですかっ!!!」
「うわあああああ!!! すみませんすみませんほんの出来心でっ!!!」
「お腹が空きすぎて床に倒れてしまったのですか! 食べ物をお持ちしました! どうか死なないでください!」
「あ、はい大丈夫です大丈夫です何でもないですほら元気」
「……本当に?」
「はい元気に手を上にあげてー 1、2、3」
「良かった……もし恨みを残して死んで屍人化していたら、もう燃やすしか無いと」
「何それ怖い」
山田はいろいろな意味でおびえている。
「あの、それはそうと、この女の子は何ですか?」
「あ、有線幻像の魔術紋に触れたのですか?」
「すみません、ついうっかり」
「いえ別にかまいませんけど、まだご覧になりますか?」
「い、いや別に。……惜しかった」
「え?」
「あーいえ何でもありません。ゆうせん何とか……それって魔法ですか?」
山田が問うと、錬金術師は困った顔をした。
「えーと……純粋な魔法ではなく、錬金術が併用されているのですが」
「その二つがどう違うのか、全然わかりません」
「説明すると長くなるので、とりあえず魔法だと思ってください。十分に発達した魔法技術と、近代錬金術は見分けがつきませんから」
錬金術師は壁の魔術紋に触れて幻像を消すと、隣の部屋から運んできた個人用の箱膳を山田の前へと据えた。
「遅くなってしまいましたが、熱いうちに召し上がってください!」
膳の上に乗った白い大皿の中には、大盛りの焼き飯ほどの大きさの、いびつな紫色の塊がほかほかと湯気を立てていた。




