102:領主の素敵な性玩具
さて、前回の話で錬金術師は
「領地が防衛できさえすれば、領主の伴侶は誰でもいい」
という結論を出していた。
だがすでにお気づきであろうが、それは根本的な部分で間違っていた。
「領地防衛のために、領主には高魔力の伴侶が必要である」という理屈は実際のところ、ただの建前にすぎない。社会的判断に難のある錬金術師はその建前を素直に信じてしまっていたが、実際のところ領主の妻が何のとりえも無いドジっ娘であったとしても、家臣団が強大な戦闘力を有していれば領地防衛は可能ではあるのだ。
にもかかわらず、ほとんどの領主はそのような方向は選ばない。それは何故か。
家臣であれば裏切る心配があるが、伴侶ならば安心かつ俸禄(訳者注:給料)が不要だという理由も大きい。だが伴侶であろうが無かろうが、裏切る時は裏切る。
さまざまな魔法で領主の自由意志を奪い、好き勝手に操って国を破滅させる事を趣味にしていた魔物の美女の話などはお聞きの方もおられよう。
そういう話はひとまず置いておくとして、領主の伴侶が高魔力でなければいけない最大の理由は
「領主の伴侶は、他国に見せびらかすためのステータスの一部だから」
公言できない本音がそれである。端的に言えば、すげえ戦闘力の伴侶を連れ歩いている領主のオレカッケー、という見栄が必要なのである。多くの領主にとって家族とは、自分に自信の無い者が承認欲求を満たすために用意する道具立ての一つなのだ。
領主の伴侶が素晴らしい人間性を有しているとか、才気あふれる有能な者であるとか、そういう要素があったとしても、領主の伴侶と直接交流が無い外部の者はそれに気付いてはくれない。ならば見せびらかす道具としては何の役にも立たない。
逆に言うと、馬鹿で腐った性格の伴侶でも黙って見せれば他人には欠陥が判らない。そんな事よりも他人が振り返るほどの美形だったり、学歴が高い、賞を取った、龍を倒した、何よりも高い魔力値を具体的な数字として周囲に見せつけられる伴侶である事が何よりも重要なのである。
さらにはそういう伴侶を次々に数多く獲得し、地球で言えば富裕層が自分ではまともに運転できもしない高級車を自宅の巨大なガレージに何台も並べて自慢するがごとく、収集数によって自分の力を誇示したいのである。地球の言葉で言うトロフィーワイフ、あるいはトロフィーハズバンドである。
そこに真の愛など不要である。領主にとっての伴侶とは、自分にとって役立つ道具、性玩具としての機能を備えた収集対象にすぎない。
あまり直視したくない話ではあるが、この世界では、ほとんどの領主が実際にそうなのだから否定してもしかたがない。
生きていくだけなら何の苦労も無いこの世界では、承認欲求が乏しい者であれば最初から身の丈に合った伴侶を選んでつつましく暮らしていく道を選ぶ。
領地経営などという死ぬほど面倒な事をしたがるのは、自己顕示欲を行動原理にしている者だけである。そうでない者は、たとえ貴族の家に生まれても誰かに相続を押しつけて逃げてしまうのである。
なお、念のため申し上げておくが、そのような行動原理で高魔力の伴侶を求めているのは「ほとんどの」領主であって全員ではない。一部の領主は単に強い異性が好きな性癖である。
余談ながら「成金の家にある美術品は大部分が偽物」という話があるが、美術知識が乏しい者としか交流していないのであれば、「本物」を所持する必要は無い。高額で買った、と自慢できればそれで自己顕示欲は満たせるからである。
品物の真贋ではなく「うわー凄いです」と言ってもらえるかどうか、その一点のみが重要なのだ。そして相手が凄いと言うのは値段の数字に対してである。美術評価というものを大部分の人間はできないし、する気も無い。
という事で何が言いたいかというと、要するに領主が必要としているのは「馬鹿でも判るような、凄いステータス値や称号を持っている伴侶」であって「本物の領地防衛者」ではない。
錬金術師は「頑張って私の価値をヤマダに認めてもらうぞー」と前向きに意欲を燃やしていたが、その頑張りは、一般的な視点で見た場合には悲しい見当違いとしか言いようが無かった。
彼女のように容貌も、乳の大きさも、魔力値も中途半端な嫁ぎ遅れ女性を領主が正妻に選ぶ理由はない。
なお、山田は錬金術師のことを女神のように綺麗だと伏し拝んでいるが、それはあくまで地球人の感覚である。道行く女性達がすべて美女・美少女・美幼女・美ロリババアである世界の基準においては、どこにでもいる平凡な容姿である。
つまるところ錬金術師がやろうとしている事は、領主の正妻の座を狙う婚活としてはまったく無意味であった。
地球の言い方で言うならば、努力の方向性が180度間違っていた。
そしてこの時点ではまだ誰も気付いていない、きわめて重大な事実――
一般的な視点から見た場合、致命的な問題となる事がもう一つあった。
後に判る事だが山田は領主不適格者であり、彼の思考形態は普通の領主と180度ズレていたのである。
すなわちこの時、山田と錬金術師は意図せずして、共に180度ズレた方向に向かって進みはじめていた。
社会常識に背を向け、一緒になって怪しい方向へと歩きはじめた二人。その先にあるのは花咲き乱れる緑の沃野か、はたまた底知れぬ奈落に続く大穴か。彼らを待ち受ける運命は、今はまだ語られる事は無い。
さて、長きに渡った王国においての物語は次回で終わりを迎える。
最後に描かれるのは展望甲板で交わされる二人の会話。
ここで山田は錬金術師に、とある言葉を告げるのである。




