103:そして物語は新しい舞台へ
「今、どこらへんを走っているんでしょうかね」
「航陸士がいてくれれば六分儀で現在位置が推定できるのだけれど……進んでいる方向は間違ってないの?」
「船霊様は地球の渡り鳥と同様に、地磁気が目で見えるそうですから方向は大丈夫でしょう。でも目的地がピンポイントで確定できるわけではないらしいので、村の場所は少し探す事になりそうですが」
「探すのは、もっと近づいてからの話ね。……今日は双満月だから、夜でもヤマダの顔が良く見える」
そう言って錬金術師は山田のほうを見て微笑む。
「しかし何と言うか、月が二つあるのには今だに慣れませんねえ」
「チキュウの月は一つだと聞いたけれど、独りぼっちで寂しくないのかな」
「寂しい……うーん、そういう発想は無かったな」
「地珠の月は夫婦だという事になっているから。しょっちゅう喧嘩して片方が行方をくらませてしまうけど、今日は夫婦円満」
「めでたい事です」
錬金術師はいたずらっぽい顔をして山田に語り続ける。
「ヤマダは知ってる? 双満月の夜は『誓いの夜』とも呼ばれているの」
「誓いの夜?」
「初代勇者様が、奥方様に初めて自分の思いを打ち明けたのが、双満月の夜だったの。その故事にちなんで、男性が双満月の日に思い人に気持ちを打ち明けると、相手はそれを受け入れてくれて、二人は生涯幸せに暮らせると言われてる」
それを聞いた山田は、驚いて引きつった顔になった。
「ななななっ、なんと、そっ、そんなジンクスがっ、ではきょっ、今日は、じょじょじょ女性に、こここ告白するためにっ、よ、用意されているような日っ!!」
「あー、それが違うんだなー」
錬金術師はくすくすと笑う。
「受け入れてもらえる代わりに、告白した相手に貞操を誓わなければならないの。もし浮気した時には恐ろしい不幸がふりかかる」
「お、恐ろしい不幸」
「まあ迷信だけどね。女性が本気で相手を縛りたければ、契約魔法を交わせばいいわけだし」
「は、はあ、まあ確かに」
「でもそういう話があるから、普通の男性は双満月の日には告白を避けるの。
特に貴族の場合は何人も奥さんを娶るのが常識だから、双満月の日に女性をくどくのは禁忌」
「禁忌」
「貴族に限らず『誓いの夜』に思いを告げるような人は、相当の変わり者じゃないかな。私が知ってる限りでは一人もいないし」
「あ、いないんですか、そーかー、いないのか、うん、いないんだー、あははは」
錬金術師はひきつった顔のまま笑う山田を、少し複雑な思いで見つめていた。
彼女は自分のほうから山田に気持ちを打ち明けるつもりは無かった。
良い関係を続けていた男女が、一方が恋愛感情を持って告白した事により関係が壊れ、疎遠になってしまうのはよく聞く話だからである。
山田が錬金術師に好意を抱いてくれているという確信はあったが、その好意が異性に対するものなのか、それとも保護者に対する思慕の念、あるいは使役獣が飼い主に対して抱く愛情のようなものであるのか、異性との交流もなく研究一筋に生きてきた理系嫁ぎ遅れ女には判断がつきかねた。
いずれにしても、これからも山田と共に生活を続けていく事になった。ならば焦ってはいけない。
男女の一線を超えるだけならば、その気にさせるための術式はいくらでもある。だが仮に計画的に「できちゃった結婚」で責任をとらせたとしても、そのために山田の気持ちが冷めて「俺はお前と結婚する気は無かった」などと言われたら元も子も無い。
ゆっくりと関係を縮めていき、山田のほうから「嫁になってくれ」と言わせなければならないのである。
そう考えている錬金術師の手を、山田がおずおずと握ってきた。
何かを言おうとしているようだが、錬金術師のほうに顔を向けようとせず、いつもの彼とは明らかに様子が違っている。
思わず彼女は、期待に満ちた目で山田のほうを見た。
「あ、あの、ファナ、さん」
うわずった声で、真っ赤な顔になりながら山田は言った。
錬金術師は緊張して次の言葉を待ち構えた。
「つ、つつつ」
「つ?」
「……つ、月が、綺麗ですね!」
錬金術師はその言葉を聞いて内心で失望した。しかし表情には出さなかった。
そんな事を言うだけなのに、どうしてこの人は何かを期待させるような態度をとるのだろう。
今日の夜……私があなたに言ってほしいのは、そういう言葉では無いのだけれどなあ……
そう思いつつも、錬金術師は
「私も、同じ事を思ってた」
そう言って、山田の手をそっと握り返した。
そのあと彼らの間にもう言葉は交わされなかった。山田と錬金術師は手を握り合い、横に並んで無言でお互いの存在を感じながら、共に同じ方向へと視線を向けていた。
黒地に銀飾りの領主服を着た男と、純白に金飾りの白魔道士服を着た美しい女性。それはまるで花婿と花嫁のように見えた。
「誓いの夜」の雲一つ無い夜空に浮かんだ二つの月。その光は寄り添う二人の姿を静かに照らしていた。
(第一部 完)
第二部、開始しました。約9万字の予定です。
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