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第2話

 扉の先は天井の高い広間だった。ガラス製の照明が吊り下げられ、魔工技術特有の白い明かりで広間一帯を照らしていた。奥には机と、机を挟むように一対のソファがぽつんと置いてあり、二人の男が向かい合って座っていた。一人はぶくぶくと肥えたスキンヘッド、もう一人は逆にガリガリに痩せたちりちり髪の男だった。人相は当然のように悪く、彼らは厭らしい笑みを交わして何やら喋っていた。

 怪しげな二人は扉が開くと話を止め、こちらを向いた。

「勝手に入るなって何度言えば……ってなんだ、ナージェか」

 青年をナージェと呼んだスキンヘッドの男は入れと手招きする。

「おじゃましまーす。そっちの恰幅がいい方がここの責任者?」

 しかし、ナージェを押しのけて先に入ったのはガディウルだった。大股に歩いて部屋の中央に陣取り、男を見て小首を傾げる。二人は予想していなかった来訪者に目を剥き、スキンヘッドの男はナージェを怒鳴りつけた。

「おいナージェ! 縛りもせずに侵入者をここまで連れてくるとは何事だ!」

「……」

 ナージェは相変わらず何も言わない。

「チッ、まあいい……確かに俺がここの責任者だ。で、そこの侵入者は何をしにノコノコやってきたんだ?」

「あー怖い怖い。出会って間もないのに敵視するなんて酷いじゃない。お茶の一つでも出してくれたって……って、聞いてる?」

 痩せた男が何やら耳打ちをする。責任者を名乗ったスキンヘッドの男はガディウルの顔と痩せた男の顔を交互に見る。痩せた男が間違いないと呟き、首を縦に振った。

「あれが噂の『女神の再来』だって? つまり首持ってリオン様に渡せば……へへっ、お前ら出番だぞ!」

 二人は汚い笑みを浮かべながら舌なめずりをしている。スキンヘッドの男はソファの奥に向かって大声で叫んだ。

 やたら広い部屋の奥には薄暗い開口部が見えていた。石造りの壁と暗闇の他に、斜めに切り出された天井がこちらを覗いている。階段があると予想するのは簡単だった。

 地下のさらに深くへと続く階段からドタドタと汚い足音が響き、様々な武器を握ったならず者が飛び出してくる。未だに部屋の中央を陣取っていたガディウルは屈強な男達に囲まれた。

「手柄を連れて来たとはいえ、だ。おいナージェ、これが終わったら覚えてろよ。お前が珍しく従順だったから最近は止めてやっていたが、お上は試したいことが山ほどあるんだ」

「へえ……勝てる気でいるんだ」

 ガディウル獰猛に笑ったまま、腰にぶら下がっていたナイフのうち手前の二本を取り出す。右手に握っていた方の切っ先をスキンヘッドの男に向け、口角を更に上げた。

「女一人と舐めた代償は大きいよ?」

 ガディウルを取り囲む男達が一斉に飛び掛かる。一人の鳩尾にナイフの柄を押し付けてやり、膝をついた男の背を踏みつけて輪の外へ出た。ヒールが容赦なく男の背中にめり込み、呻き声が響いた。

「おっと、ナージェは動くなよ」

 加勢しようと足を出したナージェにスキンヘッドの男は命令した。彼だけ時間が止まったようにぴくりとも動かなくなる。

「随分その人の命令が大事なんだね。ま、手助けがなくても大丈夫だから、ゆっくり見ててよ」

 指先一つ動かさないナージェに少しの違和感も覚えず、ガディウルは次々と迫ってくる刃こぼれの激しい剣を丁寧に受け流す。後ろから振り下ろされた伐採用の斧と鉈を見ずに避けてやると、揃って床に深く刺さり、持ち主達が引き抜こうとしてもびくともしない。武器を失って動揺した二人の隙をついて頭を鷲掴みにし、互いの額をぶつけて気絶させる。

一息ついて顔を上げると、武器を振り上げた男達が同時に飛び込んできたところだった。

「君達もそれなりに腕が立つみたいだね。でも、これはどうかな?」

 正面から迫ってくる敵に対して両腕を突き出し、手のひらの付け根を合わせる。手の中に熱が集中したかと思うと、ガディウルの「ばーん!」という合図と共に、文字通り彼女の正面が爆発した。

 熱風に弾かれた男達が散り散りに倒れ、服の裾を燻らせたまま動かなくなった。一人、意識を取り戻して体を起こした者がいたが、トドメとばかりに腰のナイフが投げられ、もう一度眠らされてしまった。

「さて……と、後は君達だけだ」

 あまりにあっけない幕切れに、頭の整理が追いつかないといった様子のスキンヘッドの男。最後に投げたナイフを引き抜いたガディウルが、狙いを定めるようにもう一度切っ先を彼に向ける。ナイフの先から赤い雫が滴り、床に小さな水たまりを作っていった。

「くそっ、ここまでか!」

 ナイフを下げたガディウルがずかずかと男達の方へ向かうと、悪態をつく男の隣で状況を見ていたガリガリの男が、遮るように前に出た。

「なんて言うと思ったか? ここに来た時点でお前の勝ち目は無いんだよ!」

 肉付きの良い頬を持ち上げ、スキンヘッドの男が汚く笑う。同時に痩せた男が、その体躯からは想像がつかないほどの咆哮を上げた。空気がビリビリと振動し、その場にいた全員が顔を顰めた。

「急に叫ぶなんて卑怯じゃないの。鼓膜が破れたらどうしてくれるのかな? ワタシの趣味は音楽鑑賞なんだよ?」

 ガディウルは両手で耳を塞ぎ、迷惑そうに目を閉じる。唇を尖らせキュッと結ぶと、軽口で抗議した。虚勢か否か、ふざけた調子を崩す気は依然として無いようだ。

 ようやく静かになったかと思うと、叫んだ男の体が急激に膨張した。肩幅がみるみる広がり、身長はガディウルを簡単に越した。膨らんだ鼻と牙の覗く口から蒸気が漏れだし、全身が耳まで赤くなる。ぼぅっと見上げていたガディウルが感嘆の声を上げた。

「これが噂に聞くザベリ商会の改造技術かー。昔、暴走した赤鬼衆の子を見たことがあるけど、彼はそれを模倣した改造なのかな?」

「随分詳しいな。だが残念、こいつはナディリウスから借りてるバケモンだ」

 太った男が言い終えるや否や、真っ赤な右腕が降ってきた。後ろに飛びのいて躱し、武器を逆手に構えなおす。赤鬼と化した男は避けられたのが悔しかったのか、何度も両腕を交互に振り回す。

「その様子だとまだ慣れてないみたいだね。しっかし、ナディリウス教団か。本当にザベリ商会と手を組んでたんだね」

 ナディリウス教団は魔人も魔族も魔物として扱い、魔物の魂を取り込んで使役する術を扱う邪教集団だ。そこから来たということは、魔物の魂を無理やり憑依させているのだろう。話には聞いていたが、実物を目にするのはガディウルも初めてだった。まさがこうして肉体ごと変化するとは。

「ごちゃごちゃうるせえ! 大人しく寝てた方が身のためだぞ」

「まだ昼だよ? 眠るのには早いんじゃないかな。あ、お昼寝は欠かさないタイプ?」

 煙立つ赤い巨腕を避けている間もガディウルは喋り続ける。時々、床に埋まる大きな腕に軽くナイフを入れているのだが、硬直した筋肉がとにかく硬い。小回りの利くナイフでは小さな蚯蚓腫れと切り傷を作るのが精一杯で、興奮した男が怯む様子は無かった。時々飛び散る血液は沸騰していて、切るたびにガディウルの手に小さな火傷が増えていった。

 相手は戦い慣れていないのか、腕を振り回す以上の行動は取らなかった。動きもさして速い訳ではない。ガディウルにとって避けるのは簡単だった。

 鬼に変貌した男とガディウルが何度も同じ動きを繰り返した後、あまりに動かない戦況に嫌気がさしたのか、自身の攻撃が微塵も意味をなしていないことに苛立ったのか。それまで笑みを絶やさなかったガディウルの顔から表情が消える。

「ねえ、いつまでその単調な攻撃を繰り返すのかな? 当たらないんだからいい加減諦めなよ」

 興が覚めちゃったじゃない。

 ため息を一つ。

 ちょうど赤い鬼の息が切れ、攻撃が止んだ。呼吸を整えようと屈んだ隙を見逃さず、ガディウルは頭を目掛けて跳躍した。二本のナイフを逆手に握りしめると、勢いをつけるために空中で体を反らし、男の両目にナイフを突き立てた。

「ガッ……アアアアアア!」

 ガディウルがナイフを手放してふわりと着地する。

 真っ赤な鬼は両方の目玉を抑えてうずくまったかと思うと、痛みに耐えきれなかったのか虚空に向かって吠えた。鬼の腕がガクンと落ちる。眼球から溢れる煮え立つ血液が頬を焼いていった。零れた涙は当然固まらず、その足元に湯気の立つ血だまりを作っていく。手放したナイフが涙の混じった血の滝に飲まれて流れ、カラン、と音を立ててガディウルの足元に帰ってきた。

「おい、何してる。早くあの女を……うわああああああ!」

 後ろに立っていた太った男が不安げに声をかけた時、鬼が勢いよくのけぞった。両目から流れる二本の鮮血が弧を描いて宙に舞う。一歩、二歩下がったかと思うと、ふらりと体勢を崩して背中から倒れた。鬼の後ろで威張っていた男は当然のように巻き込まれ、巨体に押しつぶされて気を失った。

「お早いおやすみだね。まだ昼だって言ったのに」

 右足を高く上げたまま、ガディウルが呟く。元のやせ細った姿に戻った男の顎には、彼女のヒールと同じ大きさの丸い跡がついていた。

 ガディウルが呼吸を整えるように大きく息を吐いた時、彼女の横を黒い風が通り過ぎて行った。どうやら主人が気絶したことで硬直が解けたらしい。

 ナージェは白目を剥く痩せぎすの男の右胸めがけて躊躇なく指を揃えた右手を突き刺す。骨の折れる音や肉が裂ける音に続いて、何かがパチンと弾ける音がした。常人に出来る芸当ではないが、ガディウルは特段気にしなかった。

「これで終わり?」

 足を下したガディウルが聞くと、男の胸から手を引き抜いたナージェが返した。

「ああ、ここで伸びてる奴らで全部だ」


 ガディウルが近くにあったロープで一人残らず拘束している隣で、ナージェが太った男の服を漁り始めた。最後に確かめたベストの内ポケットが正解だったらしく、赤色の雫石の入った親指ほどの大きさのガラス瓶を取り出した。乾いた血が張り付く右手の上に乗せ、握ることもなくしばらくじっと見つめている。

 様子を見に来たガディウルの白い手にガラス瓶が渡る。取り出し口の無い瓶の底には何やら円形に文字と記号が掘られていて、それが魔道具であることを示していた。

「壊してくれ」

「それが、君の依頼?」

 カラカラと音を立てて瓶の中の雫石を振って見せると、ナージェは視線を下に向ける。石も瓶も、この程度で割れるほど脆くはないようだ。

「……オレはそれに縛られてる。あんたがそれを持って命令を出せば、オレは逆らえない」

「それでさっき動けなかったんだ」

 天井の明かりに翳した魔道具とナージェを交互に見る。

「自分で壊せないの?」

「だから頼んでる」

「壊したら襲ってきたりしない?」

「その気があるなら渡す前にやってる」

「依頼なら、報酬は?」

「金は無い。嫌ならそのまま持っていても構わない。ザベリ商会や他の奴らに渡るよりはマシだと思ったんだ」

 ナージェはそれ以上何も言わず、元主人の側に落ちていた鍵の束を拾った。恐らくベルトから外れたものだろう。

「その鍵は?」

「地下室の鍵だ」

 依頼は色涙の調査だけじゃないだろう。ナージェは呟くと開口部の奥、地下へと続く階段を降りて行った。

 ガディウルが魔道具を上着のポケットにしまって後を追うと、降りた先で石造りの広間に出た。吊るし蝋燭のちろちろした灯りで僅かに照らされた真下には、カードやボードゲームが散らばるテーブルが一つだけ置いてある。椅子は蹴飛ばしたように転がっていた。ガディウルが倒した輩はここにいたのだろう。

 広間の向こうには錠前付きの鉄柵が見えた。柵の向こうに人型の何かが何人もいるようだが、暗くてよく見えない。二人の足音に反応したのか、柵の奥から怯えた声が聞こえてきた。

「彼らは?」

「昨日、ベルンダ村から連れて来られた奴ら。何に使うつもりだったのかは知らない」

「ふーん……」

 ガディウルが何気なくポケットに押し込んだ魔道具が、ナージェの口を易々と開かせていた。

 ナージェが鍵の一つを錠前に差し込む。違う部屋の鍵だったようで、噛み合わなかった。牢の人々は顔を見合わせている。ナージェは気にせず他の鍵を試していく。

「こいつらを助けるって依頼は無かったのか?」

「ワタシが村を出たのは4日前だからね」

 ガディウルはここに来る時に迷ったのだと、恥ずかしそうに頬をかいた。真っ直ぐ向かえば村から四半日もかからずに着くというのに、一体どこまで彷徨ったのか。ナージェは何も言わなかったが、呆れられているのはなんとなく察していた。

 鍵がようやく錠前に合い、入口を開け放つと、一人の男がそろりと出てきた。視界に入ったガディウルがひらひらと手を振っている。

「ここにいた、上に行った奴らは…?」

「全員縛っておいたよ」

 ガディウルがにっこりと笑って安心させる。

「さすがは最強の旅人ガディウル・ケルバ! 噂に違わず本当に強いんだな」

 二人の会話を聞いて安心したのか、柵から残りの村人が出てくる。皆、年若い男女だった。彼らの話では、年越しの支度のために集団で出かけていたところを襲われたらしい。ナージェを見ても反応が無いところを見るに、彼は加担していなかったようだ。


 村人を連れて外へ出ると、太陽は既に仕事を終え、月が持ち場につく頃合いだった。深々と積もった雪は持ち前の白さを捨て、夜を告げる茜色と仄暗い月光を蓄えていた。

 ナージェは散々昼だと言っていたのは誰だったかと、いつの間にか外套を羽織っていたガディウルの後ろ姿を見上げる。当の本人は助けた村人に夜道を照らす魔道具を手渡し、先に帰って依頼の報酬を用意しておくように、と伝えて送り出していた。視線に気づいたガディウルが口を開く。

「どうしたの?」

「なんでもない」

 ナージェはまたフードの端を引っ張り直した。「あっそ」と呟いたガディウルの口は、拗ねたように尖っている。

「ところでさ、もうちょっと嬉しそうにしなよ」

 助け甲斐があんまり無いじゃない。

 ガディウルはナージェと出会ってから今までの、反応の薄さが気になったらしい。顔は相変わらずフードで隠れているとはいえ、ガディウルに助けを求めた時でさえ口調が淡々としていた。本心から助けて欲しかったのか、今でもよく分からない。

「オレは……色を捨てたんだ。感情なんて、必要ない」

 そっぽを向いたナージェは、自分に言い聞かせるように呟いた。続きを待ってみたが、奇妙な沈黙が続くばかりだった。

 そもそも、依頼は終わっていないだろう。ナージェがぽつりと言い返す。ガディウルは思い出したようにポケットからガラスの小瓶を取り出し、コインを弾く要領で真上に飛ばした。一番高いところで弾いた手をパッと開くと、ガラス瓶は間抜けな音を立てて爆発し、中の雫石も含めて粉々に砕けて飛び散った。

「これでいい?」

 雪に溶け込んだガラスの粉をナージェはぼうっと眺めている。やはり求めていた反応は得られそうにないな、とガディウルは肩をすくめた。

 同じ地面を眺めていた二人は、草木をかき分ける音で顔を上げた。音のする方向から、角灯を持った五人組がこちらに向かって来ていた。おそらく律儀にアトロの森の巡回に当たっていたギルド員だろう。暖かそうな揃いの外套を身に纏っていた。

「ガディウルさん!」

 ガディウルを見つけるやいなや、先頭の若い男が大げさに手を振った。右目の端に切り傷のあるこの青年とは、ミノスヘリヤの旅人ギルドで何度か話した覚えがある。ローズウェル君、とガディウルが男の名を呼びかけ、抱擁を求めるように両手を広げた。

「どうしてここに?」

 ローズウェルが微妙に距離をとって問いかけると、何事もなかったように両手を下ろし、ナージェに聞かれた時と同じように依頼を受けた経緯を伝え、中で起きた事を簡単に説明する。

「中にいた人達は縛っておいたよ。ザベリ商会の印のついた書類とかあったから、何かの参考になるんじゃないかな。そうそう、色涙の里は全滅だってさ。調査をするならベルンダ村にも報告してあげてね」

 居心地の悪そうなナージェを尻目に、ガディウルは色涙についても報告した。里を滅ぼしたのが誰かについては巧妙に隠しながら。

 ローズウェルは深く聞かず、得られた情報をひとつひとつ吟味するように何度か軽く頷いた。

「色涙の一族が……分かりました。情報提供のお礼はミノスヘリヤのギルドに伝えておきます。ただ、お手数ですがギルドカフの確認をさせてください」

「構わないよ。協会はあの事件をまだ引きずってるんだね」

 すみません、と呟きながらローズウェルは外套の中を探り、青味がかったレンズの小さいルーペを取り出した。

 ガディウルが髪を掻き上げて右の耳を露わにする。彼女の耳には銀製のイヤーカフが七つ付いていて、地肌がほとんど見えていなかった。

 一つは耳の淵を覆う細く長いもの。間隔をあけて五色の宝石が散りばめられ、美しい曲線をいくつも描いたデザインだった。

 残りの六つは指輪のように丸い銀製のものだ。一つ目の耳飾りを上から固定するように、宝石が見えるように取り付けられ、それぞれ模様や形がわずかに異なっている。

 ローズウェルが上から二番目の、他より太いイヤーカフにルーペをかざし、角灯を近づける。青紫色の紋様が銀の上に鮮やかに映し出された。

「ご協力ありがとうございます。確かに」

 ルーペをしまうと、後ろに控えていたナージェの方に顔を向ける。

「ところで、こちらの方は?」

「ワタシの……知り合い? 寒そうな格好してるよね」

「……放っておいてくれ」

 歯切れの悪い返事を聞いたローズウェルは、見えないナージェの顔を凝視した。ナージェは両手でフードの端を強く引き、あからさまに嫌そうに顔を背ける。血で汚れていた彼の右腕はいつの間にか綺麗になっていた。近くの雪で洗ったのだろうか。

「気を悪くしたのならすまない。その……同業者の気配に敏感でね」

「そうなの? なんの仕事?」

 同業者、という言葉を聞いたガディウルがナージェに尋ねる。

「……オレに聞くな」

 ナージェは顔を背けたまま答えた。

「君は、その、どこかに所属しているのかい?」

 ローズウェルが随分と言葉を選びながら問いかける。答えたのはガディウルだった。

「首輪はあの建物の偉い人に持たれてたみたいだけど、ワタシがついさっき壊しちゃったから、今は無所属ってことになるんじゃない?」

「……」

 ナージェは何も答えなかった。ローズウェルは少しの間ナージェの背中を見つめ、そのまま投げかけた。

「もし、君も罪の意識があるのであれば、ミノスヘリヤのギルドで支部長にこう伝えてほしい。『薔薇の蜜は手に入れた』と。何か聞かれた場合は『良い匂いとは言えない』とだけ答えてください。あとは彼らが案内してくれるはずです」

 ナージェはフードの端をさらに引っ張ったまま動かなくなった。行くべきかどうか、ローズウェルに応えるべきかどうかで悩んでいるように見えた。ローズウェル側もナージェの出方を待っている。しばらく沈黙が続き、重たい空気に耐えられなかったガディウルがいの一番に開口する。

「ねぇ、難しいこと考えるのは後にしない? 寒いし暗いしお腹空いたし、とりあえず村まで行こうよ。ローズウェル君もこれからお仕事でしょ?」

 ベルンダ村で待っている報酬が待ち遠しいのだと口早に言うと、返事も待たずに着火用の魔導具の蓋を外して火をつけた。心許ない明かりで周囲を見渡し、ナージェを呼びつけて歩き出した。

「ベルンダ村への道は反対ですよ!」

 ナージェは呆れたようにガディウルを見つめ、ローズウェルの指す方向へ向かっていった。

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