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第3話

 ガディウル達がベルンダ村へ着く頃には、空はどっぷりと暗くなっていた。黒の月らしく、晴れてはいるが月明かりはあまり明るくない。

「こんなに近かったんだねー。道案内助かったよ」

 ナージェに声をかけてみたが、相変わらず返事は無かった。道中も話しかけ続けた影響で、疲れているのかもしれない。

 村の入り口では二人の男性が待っていた。一人はベルンダ村の村長。細く縮れた髪が灰色のまだら模様を作っていたが、年寄り特有の皮膚の余りは見当たらない。若くして苦労しているのか、健康なだけなのかは分からなかったが、ナージェは自分には関係のないことだと思った。

「旅人様!」

 村長の隣にいたもう一人の男が駆け寄ってきた。口元に豊かな髭を蓄えた、防寒具の着膨れだけでは説明のつかない体型の男は、捕まっていた村人の中にはいなかったような気がする。

「やあ、ご主人! 依頼の結果はギルド員が調査してくれてるから、明日の朝には教えてくれると思うよ。ただ、あんまり期待しない方がいいと思う」

「やはり……そうですか……」

 聞くにガディウルに依頼をした村人なのだろう。彼はガディウルの報告を聞いて感情と視線の行き場を失った様子だった。

「すみません、言葉が出てこなくて。とにかく、ありがとうございました」

「私からも礼を言わせてもらいたい」

 村長は村人を助けてくれたことへのお礼をひとしきり述べた後、眉根を寄せて一拍置き、おずおずと聞いてきた。

「報酬の用意は出来ましたが……その、本当にあれだけでよろしいのですか?」

 隣の男も頷く。村長に釣られて神妙な面持ちで聞いていたガディウルは、そんなことかと笑い飛ばした。

「暖かい食事と寝床。旅人にとってこれ以上の贅沢は無いというものだよ」

 その為に足早に帰ってきたのだと、散々道に迷いかけたガディウルが言う。何も知らない村長は「なら良いのですが」などと当たり障りのない返事をし、二人を村の宿屋に案内した。

「今宵は冬の蓄えを開放して宴を催しております。量はそれほどありませんが、酒も食材もカルピルマの首都に負けないものを揃えました」

 一階の酒場では、攫われていた村人の生還祝いの酒盛りが既に始まっていて、ガディウルが現れると盛り上がりは最高潮に達した。出来上がっていた酔っ払いが彼女の肩を叩き、何度もお礼を口にする。若い連中があのまま見つからなかったら、村は春を待たずに終わっていただろうと老人に抱きしめられ、あんたは村の救世主だと胴上げをされた辺りでなんとか解放された。


 通された一番奥の席には、料理がずらりと並べられていた。野菜がごろごろ入ったスープがスパイスの良い香りを湯気に乗せ、肉料理の皿と丸いパンの乗ったバスケットが対抗してそれぞれ自慢の香りを鼻に送り込んでくる。嗅いでいるだけで腹が一杯になりそうだ。

 ガディウルは入り口に背中を預けていたナージェに手招きをし、外套を脱いで自身も席に着く。

 最後にまともな食事を取ったのはいつだったか。ナージェは香りの誘惑に負け、大人しくガディウルの向かい側に座った。ジョッキを片手に腹踊りを披露する村民を横目に、スープを一口。

「美味しいでしょ? ベルンダ村のあるカルピルマは冬備えが上手いから、この時期でも良いものが食べられると思ったんだ」

 スプーンを口に運んだまま固まっていたナージェを見て、ガディウルは嬉しそうに語る。

「別に。久しぶりに味のする物を食べたと思っただけだ」

「それなら、もっと素直に喜んだらいいのに」

「あんたが勝手にやったらいい。オレは生きるために食べるだけだ」

 それだけ言うと、ナージェは黙々と食べ進めた。行儀の良さから察するに、それなりに良いところの出身のようだ。

「ねえ、里はもう無いって、消したって意味、聞いてもいい?」

 ガディウルは焼きたてのパンを千切りつつ、なんでもないことのように聞く。村人達はお祭り騒ぎに夢中で、こちらに興味を向けている者はいない。

「そのままの意味だ。他に何がある?」

 やたらとペラペラ話す女のことだ。余計なことは言わず、最低限のことだけ答えよう。そんな考えと共に、蜜漬け肉を木の実と一緒に焼いた料理を口に運ぶ。冬の最中だというのに,よくこれだけ質の良い食料があるものだとぼんやりと思った。

「君1人でやったの? 仲間とかは?」

「1人だ。オレがこの手で、1人ずつ……やった」

 失くしたはずの胸が痛む。フォークを指先で回し、自分の手を見つめる。あの日の、脂と血の混じった酷い臭いのする右手が重なって見えた。顔を上げた先には自分を睨みつける真っ赤な涙を流した少女──ではなく、少女の涙と同じくらい赤い髪のガディウルだった。千切ったパンを咀嚼しながらナージェの右手を眺めている。

「ふーん……そういえば、赤鬼になった男の体にも腕を刺してたよね」

 興味が失せたような相槌の後、ガディウルは話題を変えた。これ以上何も聞けないと思ったのか、単に興味が無くなったのか。よくわからない人だ。まぁ、自分には関係無い。ナージェも切り替えることにした。

「ナディリウス教団の奴らが使う触媒は、使用者が気絶すると爆発するからな。それを砕いていた」

「君の体にも入ってるの?」

「オレの体はザベリの魔工技師が改造した。名前は知らない。手足が常人より頑丈になっている」

 最初に会った時、ガディウルはおしゃべりに夢中で気にも留めていなかったし、ベルンダ村に向かう道中は魔道具の明かりだけが頼りだったので見えなかったが、ナージェの腕の付け根には肉を寄せて縫い付けた跡があった。ぐるりと巡っている様子から、一度切り取られたのだろうと推測される。足にも似たような跡があるのだろう。それ以外にも、彼の腕には切り傷と縫い傷がいくつもあった。もっとも、腕しか見えていないのだが。

「何が出来るの?」

「……何が目的だ」

「これから行く宛が無いなら、ワタシの助手になってくれないかなーって。味方の能力は知っておきたいじゃない?」

 君を縛る魔道具を壊したお返しもまだ貰っていないし、と唇で弧を描く。加えて料理は得意かと聞いてきた辺り、ナージェが拒否するとは思って無いのだろう。

 ナージェはしばらく閉口して己の内に問いかける。今まであの薄暗い森から出た試しはない。旅への知識や常識に疎い自分一人では、これからを一人で生き抜くのは難しいだろう。対して目の前の女は旅人としての評価が随分高いようだ。話の内容を聞いている限り、ほとんどの国に行ったことがありそうだ。生き抜く術を学ぶにはもってこいだろう。

「……足は人より速い、と思う」

「料理は?」

「試したこともない」

 野宿で美味しいものが食べられるのではないかと期待していたガディウルは、目を見開いてあんぐりと開いた口を両手で塞ぎ、最後に長いため息と共にうなだれた。面倒臭い奴だと昔なら毒の一つも吐いていただろう。ナージェは他人事のように考える。

「まあいいや。明日の昼前には出発しようと思ってるから、それまでゆっくり休んでてよ。ローズウェル君に言われた通り、ミノスヘリヤの首都オッドザムに向かおうと思う。あ、そうそう。今日の宿は君の分も頼んでおいたよ。上の階に上がって一番奥の2部屋だってさ。私は右側をもらうから、左側を使うといいよ」

 ガディウルはけろりと表情を戻して、これからよろしくと微笑んだ。そのまま立ち上がって皿に料理を取り分けると、村人の輪に混ざっていった。

 椀に口を付けてスープを飲み干したナージェは、一つだけ言い忘れていたことを思い出した。伝えるべき相手は村の女達と、なにやら盛り上がっている。水を差すのは野暮だな、という一欠片の良心に従い、さっさと寝てしまおうと席を立った。


 翌日、ガディウルが朝の空気を吸おうと外に出ると、村に旅人ギルドからの使いを名乗る集団がやってきた。広場に村人を集め、書簡を読み上げる。

 内容は大きく三つ。

 アトロの森に隠されていた色涙の里が発見されたこと。

 家の燃えかすと胸に穴の開いた大量の遺体が発見され、全ての埋葬を終えたこと。

 森の廃墟で捕らえたザベリ商会傘下の取り調べを終え、それまでに行っていた色涙の一族の誘拐を自白したことなどの報告だった。ナージェの名前は一度として出なかった。

 読み上げた男が深々と頭を下げ、ギルドからの状況報告は終わった。

 発表を聞いた村人は色涙の一族達の悲惨な終わりに動揺し、ガディウルに調査の依頼をした宿屋の主人は、友を思って号泣した。

 ギルド員達は村長に書簡を渡して墓の場所を伝えた後、早々に村を去った。

 日々の営みを再開せねばと村全体が落ち着きを取り戻した頃、のそりとナージェが宿屋から出てきた。

「聞いた?」

「ああ」

 二人はそれ以上何も言わなかった。


 ガディウルは軽く食事を取った後、荷物をまとめて村のはずれでナージェを待つことにした。顔の横の毛束に指を絡め、ちろちろと揺れる赤い毛先を眺める。

 実は旅に誘った理由は特にない。強いて言えば一人旅に飽きてきた、といったところだろうか。過去にも共に旅をした旅人はいたが、皆ガディウルから離れていった。彼らは口を揃えてガディウルとは釣り合わないと言っていたが、今回はどのくらい持つのだろうか。

 などとぐちぐちと考えていると、老婆の経営するアクセサリーを取り扱った露店で、何やら物色しているナージェが見えた。色涙の一族と親交のあったこの村では、雫石を使った土産物の販売が少しだけ許されている。彼は宝飾品に詳しいのだろうか。単なる用心棒か何かだと思っていたし、見かけからして着飾ることに興味が無いものだと思っていたので意外だった。

 ナージェが細長い鎖を握りしめてこちらに向かってきた。少しだけ距離を開けて腕を突き出され、思わず手を皿にして受け取った。

「村人を救った礼だそうだ」

「選んでくれたの? ありがとう」

 雫石のついた、シンプルなペンダントだった。ツェダリア領内に咲く桔梗のような、白みがかった紫色だった。来年の夏は向こうで過ごしてもいいかもしれない。

「虹の巫女の復讐を見届けるまで。それがあんたについていく期限だ」

 詳しいことはそのうち話す。ガディウルが何かを聞く前にそう言って遮り、ナージェはフードを深く被り直した。

「なーんだか訳ありな感じだね。ま、綺麗なペンダントもらっちゃったし、いいよ」

 聞いたところで答えてくれないだろう。彼は自分に似ているところがあるから。そう、誤魔化す時に黙るか喋るかの違いだ。

「それじゃあ、そろそろ向かおうか」

 背もたれにしていた柵から離れ、迷うことなく歩き出す。今度は看板を確認したので間違いは無いはずだ。ナージェも何も言わずに後ろを付いてきている。

 ガディウルの胸元で紫色の涙が揺れた。

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