8話 鍛冶屋
「いらっしゃい、安いよー! 今朝採れたての新鮮な林檎だよ!」
「お兄さん、小腹が空いたならうちの串焼き食べていきなよ、特製のスパイスが効いてるぜ!」
「アイゼンヴェール一のオシャレ店! 今日の新商品を覗いてくなら今だぜ!」
大通りにずらりと並ぶ露店からは、威勢のいい呼び込みの声や、香ばしい肉の脂と甘い果実の匂いが入り交じって立ち込めていた。
あちこちに面白そうな珍品や美味そうな食べ物が転がっていて、つい魔が差して寄り道したくなる誘惑に駆られる。けれど、レンはぐっと心を鬼にして視線を前方に固定した。今日の目的はあくまで自分の相棒となる武器の調達だ。ここで散財している場合じゃない。
ギルドで支給された今の剣も、手入れが行き届いていて悪い代物ではない。だが、いかんせん年代物だ。昨日みたいな硬質な魔獣など、いつ刃こぼれや致命的な破損が起きるか知れない。これから命を預けることになる相棒なのだから、せめて自分の手にしっかり馴染む一本を見つけたい。
自分の浅い知識であちこち探し回るより、まずは街の住人に直接聞くのが一番の近道だろう。
ちょうど宿屋の近くの大通りには活気のある青果の露店が並んでいる。レンは足をとめ、林檎を買うついでに店主から鍛冶屋の情報を聞き出すことにした。
「すいません、この林檎を一つくれ」
「お、冒険者かい。数ある店の中からうちの林檎を選ぶとは、お前さん、なかなかわかってるねえ!」
「うまそうだったからな」
ガタイのいい気さくな店主は、自慢の品を褒められたのが嬉しかったのか、機嫌よく笑いながら籠から林檎を取り出した。
「で、いくつほしいんだ?」
「一つ……いや、やっぱり二つで頼む」
「あいよ!」
手際よく紙袋に林檎を詰めると、店主はそれをポンとレンに手渡した。その隙を見計らって、レンは本題を切り出す。
「なあ、一つ聞きたいんだが……この街に、鍛冶屋ってあるか?」
レンの問いに、店主は不思議そうな顔をする。
「なんだ、新しい装備でも新調したくなったってわけか」
「まあ、そんなところだ」
「だったら、この街で鍛冶屋と言えば、ここの商業地区の城壁沿いにあるバルドのところだな。うちも店の包丁や金物の修理はいつもそこに頼んでる。まあ、頑固で偏屈なドワーフの爺さんだけどよ、腕の確かさは保証するぜ」
「ありがとう助かる」
「どういたしまして、気をつけてな!」
店主の明るい見送りを受けながら、レンは紙袋から林檎を一つ取り出してかじりつつ、教えてもらった商業地区の城壁沿いへとむかう。
城壁をつたっていくと、すぐその場所を見つけた。街中をはしる川沿いにある水車小屋と併設された、形崩れた平屋だ。鉄の焼ける匂いとむせ返るような煤の香りが鼻をつく。
耳を澄ましてみると、外からでもカンカンと鉄を打つ音が聞こえてくる。平屋の入り口には、小さくバルド武具工具店と書かれた鉄の板が立てかけてあった。
レンは、少し緊張するものの思い切って扉を開けた。
中は売り場、奥が工房になっているのか、壁には剣が飾ってあり、甲冑や盾が無造作に床に置いてあった。売り場というよりも倉庫だ。カウンターらしき場所には誰もいない。奥の工房からはカンカンと音が鳴っているのをみるに、無人というわけではないのだろう。
レンは剣を手にとってもいいのか悩みながらも、一旦この店の主人に声をかけることにした。
「すみませーん」
声をかけてみるが反応がない。
もう一度大きな声をかけるが、やはり反応はなかった。
レンは困惑して待っていると、工房の奥で鳴っていた鉄を打つ音がやんだ。
「なんのようだ」
奥の部屋からのそりと、ずんぐりとした体躯のドワーフが姿を現した。
「新しい剣が欲しくて」
レンの答えに、店主はちらりとその腰元に下げた古ぼけた支給品の剣に視線を落とす。
「金はあるのか?」
「正直そこまでない」
「冷やかしなら帰んな」
ドワーフの店主はもう興味を失ったとばかりにカウンターへ座ると、無造作に布で剣を拭き始めた。
……まぁ、確かに側から見たらただの冷やかしに違いなかった。金もない、装備はギルドの支給品のまま。店主からすればいい迷惑の何ものでもないだろう。
そうは言っても、レンもここで「はいそうですか」と引き下がるわけにはいかない。これから命を預ける道具なのだ。自分にとっては文字通りの生命線だった。
「そこを何とか頼む! 正直、迷惑な客なのはわかっている、でも……どうしても武器がほしいんだ」
「……ほしきゃ金を出せ。金のない相手にかまうほど暇じゃねえ。帰れ」
冷たく言い放つ背中に、レンは歯噛みしながらも懐から先日、命がけで兎魔を狩って手に入れた魔石の換金分だ。それをカウンターの上に置く。
「……これで買えるものはないか?」
店主はチラリと硬貨を一瞥すると、呆れ返ったような顔をした。
「はあ……こんなはした金じゃ、まともな剣どころか、並の狩猟ナイフ一本買えやしねえよ」
「わかった、ナイフ一本でもいい! これで何か買えるものはないのか?」
もうこうなったらやけだ、必死の形相で食い下がるレンに、ドワーフの店主は再度深くため息をついた。
「確かに使い古した剣ならある。でもな、お前さんが欲しかったのはそんな中古の剣か? 見るに、自分専用の特注品が欲しかったんだろ」
店主の言葉に、レンは顔がカッと熱くなるのを感じた。
……当たり前だ。いくら魔石で多少の金が手に入ったとはいえ、D級クラスの討伐報酬でオーダーメイドの剣など買えるはずがない。引くに引けなくなって、無茶を言っているのは自分の方だ。意気揚々と店に踏み込み、世間知らずな戯言を叩いていた恥ずかしさに、レンは思わずうつむいた。
「それに、今のお前じゃ、金があっても作らねえ」
バルドのぶっきらぼうな言葉が、重い空気の中にポツリと落とされた。
「はあ、なんでだよ! 金を払って客として依頼するって言ってるのに……!」
「だからだよ。お前さんのその剣のあり用、そして何より……自分の武器に何を求めてるのかも分かってねえ半人前が、お前に打つ剣はねえ」
ふん、と鼻を鳴らしたバルドは、もうこれ以上話す気はないとばかりに背中を向け、工房に入り再びカンカンと鉄を打ち始める。その背中はこれ以上無駄だ、と雄弁に語っていた。
悔しさと、自分の実力不足に対する情けなさとで、レンは歯噛みしながらも、それ以上食い下がることはできなかった。
カランと扉を開ける。すごすごと工房を追い出された足取りは、行きよりもずっと重かった。
「はぁ……」
鍛冶屋からの帰宅の道中、俺は何度目かも分からない大きなため息をついた。脳裏にこびりついて離れないのは、あの偏屈なドワーフの言葉だ。
……剣に何を求めるか、か。
そんなことを言われたって、分かるわけがない。そもそも、俺は今の生活と、目の前の魔獣を倒すことで精一杯なのだ。生きることに必死で、そんな高尚なことまで考えている余裕などどこにもない。自分が自分らしく生きる? そんな贅沢な悩みを抱えられるのは、生きることに余裕のある人間だけだ。今も前の世界の俺にもそんな資格なんてない。
小道転がっている小石を蹴る。ふと顔をあげると、考え事に沈みながら歩いていたせいか、いつの間にか大通りの賑やかな喧騒から外れていた。
気づけば周囲の景色は変わり、スラム街とまではいかなくとも、世帯の荒れた治安のよくない一角に迷い込んでいた。
道の端に力なく座り込む人々の姿や、崩れかけた家々の暗がりから向けられる粘りつくような視線が肌を刺す。
やばい、中心部から外れすぎた。
慌てて方向転換しようと足を止めたその時、微かに、怯えた少女の呼ぶ声が耳に届いた。それは今にも消えそうで、か細い声だ。
気のせいかもしれない。もし本当に助けを求める声だったとして、今の実力不足の俺にいったい何ができる? 他人を助けるだけの余裕が、今の俺にあるのか?
さっき鍛冶屋の店主に浴びせられた言葉が頭をよぎる。……分からない。ただの気まぐれかもしれない。そうだ、これはただの気まぐれだ。
言い訳するように、俺は腰に下げた古ぼけた支給品の柄に手をかけた。じっとりと嫌な汗が手のひらにじみ出る。
妙な胸騒ぎに背中を押されるように、俺は逃げ出したい足を無理やり動かし、古い家々の隙間にぽっかりと口を開けた薄暗い路地裏へと踏み込んでいった。




